アンドロイド・データ
データの詩 "Ode to Spot" ("Schisms"[TNG])
データ少佐は、スポックとならんで最もファンが多いキャラクターであろう。『人間になりたい』という強迫観念のようなものを持ち、悩みながらも豊富な知識と勇敢な行動で何度もクルー達の危機を救って連邦に大きな貢献してきた英雄である。
データは2336年、オミクロンツェータ星でロボット工学の権威、伝説の超天才科学者ノニエン・スーン博士と、彼の妻ジュリアナ・スーン(ターナー)博士によって造られたアンドロイドである。
しかし実際のデータの設定は、SF作家アイザック・アシモフ氏の『われはロボット("I, ROBOT", 1950)』を代表とする一連のロボット小説からきている。小説の通り、心臓部には陽電子頭脳 (positronic brain)が用いられているのだが、どうして反物質である陽電子が必要なのかは不明のままである。そこでは有名な「ロボット三原則」(→注1)が登場し、データもこの原則に沿って活動しているようである。事実、みずから意識して人間に危害を加えることはなく、壊されてメモリーに被害を受けて基本機能が麻痺した場合でも、代わって倫理サブルーチンが最優先となるように設計されている (ST9)。
データの頭脳は、自己学習型で神経網(ニューラルネット)が次第に成長していく仕組みになっている。物理的に頭脳の容量が許す限り、ネットはいくらでも拡張してゆくことが出来る。また、演算速度を飛躍的に高めるためのデータリンク(positronic data link)同士の双方向性同期システムなど、画期的な技術が用いられているらしい。驚くべき事に、データ自身がそれを完璧に理解している ("The Quality of Life" [TNG])。しかしデータも自分では経験するまでは認識できなかったのだが、スーン博士は、ネットの成長に応じて新しいステージに昇るようにプログラムしており、夢をみることが出来るようにもなった ("Birthright" [TNG]、"Phantasms" [TNG])。しかし真の意味での「意識」を持つには至っていない。
彼は人間と同じように感情を持つことを望み、ピカード艦長は影に日向にそんなデータをサポートするが、なかなかうまく行かない。感情は持たないものの、 ジュリアナ・スーン博士の希望で、芸術に興味を持つようなプログラムを組み込まれているので、油絵やバイオリンや作詩などを手掛ける。しかし所詮感性を持たないので、出来映えは今一つである。それよりもホロデッキでのシャーロックホームズ遊びが得意なようである ("Elementary, Dear Data" [TNG])。
実はスーン博士がデータを造った時には、感情を持たせる予定だったのである。博士は感情を持つ完璧なアンドロイドを望んでいたようだが、プロトタイプの3体は陽電子頭脳に欠陥があって死亡した。データと、彼の前に造られたローアは生き残った ("Inheritance" [TNG])。ローアはデータと同じ性能を持つが、感情があり、人間に敵対して勝手な行動をとるようになった。そのため博士はローアを解体し、データからも感情を取り去った。
しかしローアは解体される前に謎の宇宙水晶体にオミクロンツェータ星を攻撃させ、データはその時に置き去りにされてしまった。データは2338年にトリポリ号のクルーに発見され、その後艦隊アカデミーへの入学を許された。オミクロンツェータ星で眠っていたローアは、エンタープライズのクルー達が不覚にも復活させてしまい ("Datalore" [TNG])、データによって破壊される ("Descent" [TNG])までトラブルのもとになった。後にデータはローアの頭から採取した感情をつかさどる回路(エモーションチップ)を自分に装着することを決意する。当初は安定性に問題があったようだが (ST7)、その後は克服されたらしい。しかも自由に作動を止めることが出来るため、恐怖を抑えなければならない時など、極めて便利といえる (ST8)。
艦隊の解釈に拠れば、データ少佐はコンピュータと同じく「物品」であるという(後にアンドロイドの権利が認められた)。それが艦隊士官として存分に活躍しうるのは、ピカード艦長の多大な理解があるからである。スーン博士の弟子であるマドックス中佐は、データの艦隊にとっての「有用性」に期待して、複製を艦隊で採用すべくデータの分解を画策したが、艦長の必死の弁護により免れた ("The Measure of A Man" [TNG])。陽電子頭脳は極めて精密で、量子レベルで作動しているものと考えられ、もしも一時的にでも分解すれば元には戻らないと考えられるからである。【レプリケーターの項を参照】
スーン型アンドロイドは調整が非常に難しく、プログラムの調整が良くないと死んでしまう。データは一度ラル(Lal)と名付けた少女のアンドロイドを作ったのだが、自分のニューラルネット構造を移植して同じように作ったにもかかわらず自然に感情を持つに至り、頭脳に異常な負荷がかかって結局死んでしまった ("The Offspring" [TNG])。どうも感情の芽生えはアンドロイドの成長課程において極めて重要らしく、ここをうまく乗り越えるか否かが運命を決定づけるようである。スーン博士はいわゆる変人で、隠遁生活をしながらデータを造り、その業績を論文として発表していないので、誰もデータを超えるアンドロイドを作れないらしい。
データの演算能力は、21世紀のコンピュータとは一回当たりの演算内容も演算方法も異なるであろうから、単純には比較出来ないが、 60兆回/秒とのことである。 また、約100,000TB (100,000,000GB)の記憶容量を持つ。ある試算に拠ると、人間の記憶容量は約0.4TBほどであるという。この試算に基づけば、データは26万人分の記憶容量を持つことになる。
データには、頭脳以外にも特記すべき性能がある。スーン博士は徹底的に人間に近いアンドロイドを目指していたようで、必要ならば髪の毛をのばす事ができるし(カツラを使わずに髪型を変えることが出来る)、潤滑システムや微小水圧システムのための循環システムがあるため、脈を触れることもできる。呼吸もするし(体内を冷やすため)、口からシリコンベースの半有機物の栄養剤を摂取する。
主動力は体部分にある常温(低温)核融合反応炉(→注2)から得ているが、頭部分にも小型のものが内蔵されており、頭が分離されても作働に支障が無いように設計されている。 また、データは体重約100キロで、約24.6 Kgの高分子合成樹脂、11.8 Kgのモリブデン・コバルト合金、 1.3 kgの人工表皮などからなり、頭部分はコルテナイドとデュラニウム製である。
(注1):ロボット三原則
第一条・「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。」
第二条・「ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。」
第三条・「ロボットは、前掲第一条および第二条に反しない限り、自己を守らなければならない。」
(注2):通常の核融合は一億度以上という高い温度のプラズマが必要で、高温核融合として良く知られている。一方、室温レベルでも理論上可能であることも、1940年代後半からわかっている。これは「ミューオン触媒核融合反応」とよばれるもので、何らかの方法で水素分子の中の電子をミューオンというニセの電子(質量は電子の200倍)で置き換えると、水素原子核同士が異常に接近して核融合を起こすというものである。また、1989年に話題になった常温核融合は、重水を電気分解する際にパラジウムという金属を陰極に用いると、極内で水素原子核が接近して融合するというものである。一時は追試がうまく行かずエセ科学と揶揄されて無視されてきたが、研究者たちの努力によりメカニズムも次第に明らかとなり、我が国を始め世界各国で再現可能になってきている。近年では「凝縮集系核反応」とも呼ばれるようになった。米国でTNGが放映された時期に常温核融合がちょうど話題になったため、データのエネルギー源として「採用」されたものと思われる。
補足解説
情報処理という観点から考えて、人間とアンドロイドとの決定的違いは何であろうか?
"Elementary, Dear Data" [TNG]の中で、データ少佐は自分には意識があると断定している。しかしながら、機械が意識を持つとはいかなる事なのだろうか。意識というものを、さらに本質的なレベルで考えてみる必要がある。
もし人間がコンピューターのように、入力された情報に対して正確な演算を加えるだけの機械であれば意志とか意欲というものは出てこないであろう。意識や自由意志ということを突き詰めて考えると、究極的には原子・分子レベル、さらには量子レベルにまで考えを拡張せねばならない。そう考えると意識の本質というものは「量子論的混沌」の中にこそ存在すると推察されるのである。
生命体は一般的に多数の細胞から成っているが、細胞は細胞骨格蛋白質や小胞体という構造物を骨組みにして、無数の酵素や化学物質が秩序良く連鎖的に反応するようにできている。
それらの反応が集積して細胞としての「方針」が決定される。細胞は沢山集まって臓器を形成し、個々の細胞は特殊なホルモンを互いに分泌したり、細胞間の電気的接合によって臓器としての「方針」も決まる。臓器同士も互いに連絡をとり、体全体のバランスを保とうとする。
体の各部署には隅々まで神経が張り巡らされ、情報を収集して脳へと送られる。また自律神経系は無意識下に神経系を使って内臓のコントロールを行う。他にも多くのコントロールメカニズムが存在する。我々の意識というものは、無数の「細胞達のささやき」の上に立った大脳皮質での神経活動として認識されるものである。
このような巨大なシステムにもかかわらず、その中で発生する個々の情報は、ほとんど数分子以下の小規模なものである。試験管内での実験では、何億個という分子の統計的傾向が実験結果として我々に認識されるだけであるが、細胞内では場合によっては重要な決定が分子1個で行われる可能性もある。ここが非常に重要なのである。
分子のふるまいというものは、多数集まると統計的で再現性がある。何度やっても塩酸と水酸化ナトリウムを等量混ぜれば食塩水が出来る。しかし個々の分子で見て行くと、反応するもの、しないものが入り乱れている。この状況は量子力学により初めて記述される。
量子力学によれば、個々の分子の振る舞いは正確に予言出来ないのだという。その確率が波動関数というものによって推定されるだけであり、我々が観測するまで反応したのかしなかったのかは確定されない。もし1つの蛋白質反応が何か重要な決定を担うとして、我々は結果を推定することが出来るのであろうか?これは出来ないのである。たとえ神というものが宇宙に存在するとしても、推定不能である。
「あの時こうしていれば..」と悔やんだり、「あの時これを選んで良かった..」と胸を撫で下ろす事もある。我々は何かの決定を下す時、いろいろな条件に比重をかけて判断する。後から振り返って反省する時、下した判断を完全に論理的に説明出来るだろうか。たいてい不可能であろう。「我々の意識構造が複雑だから全容を認識出来ないのだ」という説明も出来ようが、それだけではない。そこには「量子論的混沌」が存在し、予測が不可能となる。
データ少佐の陽電子頭脳も量子レベルで作働する。しかし単に量子レベルと行っても、人間ほどに細かい情報単位で処理しているのかは分からない。おそらく人間には遠く及ばないだろう。1ビット当たりの情報を担う分子(又は陽電子?)が、統計的に安定した数値を出すほど多ければ、データ少佐は単なるコンピューターである。
TNGのエピソードの中でのデータ少佐の行動を見ていると、とても「人間的な」場面がたくさんある。その一方で、仕事をしている時の目にも留まらない正確な素早い動きなどは、とても「機械的」である。おそらくはデータの頭脳は大部分はコンピューターと大差無いが、部分的に量子的ゆらぎを受け入れているのであろう。
もしデータの頭脳をレプリケーターで 100倍の大きさに複製したとする。出来上がった陽電子頭脳はデータ少佐のように「部分的に人間的」な思考を見せてくれるであろうか?これは多分ダメである。サイズが大きくなると、量子のゆらぎは演算結果に反映されなくなるからである。「量子的コンピューター」を作るには、回路の物理的な大きさが重要であり、小型化することが必須なのである。
ではデータ少佐は将来どうなるのだろうか?
データのニューラルネットは学習と経験によって複雑化してゆく仕組みになっているので、おそらく将来はデータの陽電子頭脳は人間に近づき、真の意識を持つようになるであろう。必要な所だけを「量子化」し、機械的な方が有利な機能はそのまま残す選択も可能であろうから、遠い未来には理想の宇宙生命体に進化できるのかもしれない。我々が将来出会う地球外知的生命体は、もしかするとデータのようなアンドロイドかも知れない。(もっとも、彼らが人間の形をしているとは考えにくいが)
"Life Support" [DS9]では陽電子インプラント(positronic implant)という人工脳が出てくる。データの陽電子頭脳ほど精巧には出来ていないであろうが、脳が何らかの原因で部分的に傷害を受けた場合に使用する人工臓器の一つである。左側頭葉に損傷を受けたベイジョーの高僧バライルは移植を受けて一見回復したかのように見えたが、部分的に意識障害が出ていた。移植されたインプラントには今までの記憶が転写されているので応対には問題無いのだが、『あなたが触れてくれても現実とは思えない』という現実感の欠落した状態に陥った。これはインプラント部分が意識の構築に寄与出来きず、また中脳を介して接合していたけれども、実際の脳はこのように単純では無いので不自然なシグナルが意識をかき乱すことは避けられないためであろう。もし移植を受けた場所が情動・人格に関係の深い前頭葉ならば、意識が完全に無くなってしまう事は想像に難くない。
技術的優劣はあるものの、データの陽電子頭脳はバライルの脳全部をインプラントで置き換えた場合と比較できよう。そこには人間バライルをエミュレートする人工頭脳があるだけで、"意識のきらめき" はもはや無い。
ここで私が書いた解説は、TNGのエピソードでデータ少佐の言動からイメージを得て考察したものである。しかし意識や自由意志という問題を、量子力学に帰着する考え方は現在のところ異端中の異端らしい。多くの科学者は脳の機能に量子力学は無関係だと断言している。ところが、脳の機能は量子力学、特に「波動関数の収束」問題に帰着出来ると結論する有名な科学者もいる。天才数学・物理学者ロジャー・ペンローズ博士である。興味のある方は下記の参考文献を参照。
「皇帝の新しい心」(1989)、「心の影」(1994)、「ペンローズの量子脳理論」(1996)
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