諜報員のバカンス顛末記 STAR TREK Next Generation |
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Written by ELIM |
#1 イントロダクション
どーもっっ、初めまして!
私は、惑星連邦軍セクション31PFC(プレ・ファースト・コンタクト)地球支部に所属するエージェント、コードネームをELIMという者です。 実は先日、支部の慰安旅行に行って参りました。行き先は何とDS9です!
そこで起きた出来事をSTFANの皆様にご報告したいと思いまして、筆を取りました。
ボスは、「君達の仕事は4K(きつい、汚い、危険、キョーレツ)だから、上層部が気を使ってくれたんだよ。」と言っていましたが、支部内を飛び交う噂では、グランド・ネーガス・ゼクが行き先の決定に関わっているとの事でした。
一抹の不安は有りましたが、こんなチャンスを逃しては女が廃ります。(注:私は女性です。)着替えと、読みかけの本、アスティ・スプマンテ(シャンパンでないのが、スパイの安月給の哀しさです。)と、ゴディバのチョコレート、そして尊敬する大先輩(大後輩でしょうか?)、エリム・ガラック氏へのプレゼントを鞄に詰めて、26世紀から来たタイムシップに乗りました。
12分程の超空間の旅を終えると、DS9が見えてきました。パイロットが、
「こちらはUSSマイスター・ホラ。着艦の許可を願います。」と通信を送ると、
「了解、第3ドッキングリングへの着艦を許可する。」というキラ少佐の声が、通信機から聞こえて来ました。あまりに嬉しくて、足の裏がムズムズしましたよ。
ドッキングポートの歯車のようなドアが開くと、オドー保安チーフとドクター・ベシア、そして連邦とベイジョーの保安士官の方が1ダース、過去から来た私たちを出迎えて下さいました。間近で見るオドーの眼差しは実に鋭くて、圧力すら感じました。
「DS9へようこそ、21世紀の皆さん。」オドー保安チーフは例の無愛想な警察官口調で言いました。「皆さんにはボディーチェックを受けて頂きます。規則ですので。」全く表情を変えずに、オドーは続けます。
「次に、皆さんには隔離モジュールに移って、医療チェックを受けて頂きます。」と、今度はドクター・ベシアが言いました。彼は出来うる限り医療士官らしい態度を保とうと努力していましたが、顔には「過去の人間」への好奇心がありありと見えていました。本当に正直な方です。
「不愉快かもしれませんが、皆さんは私達が免疫を持っていない病原菌をお持ちかもしれませんので、これは必要な措置なのです。」と言って、ニッコリ笑いました。
ボディーチェックと医療チェックは、一応問題なく終りました。(冗談でピストル型ライターを持って来た同僚がオドーに問い詰められていましたが、誤解はすぐに解けました。)
「24世紀へようこそ!楽しい休暇をお過ごしください。」隔離モジュールを出た私達を、ベンジャミン・シスコ司令官がにこやかに迎えて下さいました。
「しかし、未来の機器を持ち帰ったり、ここで得た情報を悪用したりはなさらないで下さい。24世紀ではそういう計画が発覚した時点で犯罪になりますし、オドー保安チーフは決して犯罪を見逃す事は有りません。バーリンホフ・ラスミュッセン氏のケースをお忘れなく。」釘を刺す事も忘れない司令官です。
歓迎の挨拶が終った後で、オドー保安チーフから注意事項の伝達がありました。立ち入り禁止区域、ベイジョー人やカーデシア人やクリンゴン人にしてはいけない事等です。特に保安チーフが厳重に注意した事は、
「クワークに取引を持ちかけられても、絶対に応じないで下さい。」という事でした。
「恐らくクワークは、あなた方がお持ちのジュエリーを欲しがる筈です。こちらではアンティークとしていい値で売れますからね。しかし、あなた方がこちらの世界の住人に物品を販売するのは違法行為になります。ご注意下さい。」
というオドーの言葉を聞きながら、私は「グランド・ネーガスの狙いはアンティーク・ジュエリーだったのかな?」と考えていました。(しかし、ネーガスの狙いはそんな甘いものではありませんでした!)
オドー保安チーフ自らにDS9の内部を案内して貰ってから、私達は保安部員の方に、それぞれの部屋まで案内して頂きました。(どうやらオドーは、私達の滞在を保安上の問題と捉えているらしいのです。)ちょっと殺風景な感じの部屋でしたが、空気がかび臭くなかったので安心しました。荷物の整理をして少し休んでから、私は医療室に向かいました。ドクター・ベシアはお留守で、ベイジョー人の女性ナースの方がいらっしゃいました。その方に「21世紀の地球人が食べると危険な食品のリスト」を貰ってから、夕食を食べる為にプロムナードのレストランを見て回りました。ガラック氏のブティックには、明かりが点いていませんでした。
ここはベイジョーのステーションですし、DS9の第1日目ですから、ハスペラットとシンセエールで夕食を摂る事にしました。レストランの女性オーナーの方はとても親切で、ベイジョーの歴史について色々と話をして下さいました。そのお話から、ベイジョーはとても精神性豊かな文明を持っている事が分りました。(でも、ハスペラットは私には辛かったです。)
#2 マートク将軍との楽しいおしゃべり
お腹が膨れたところで、クリンゴン・レストランに行って軽くお酒を飲む事にしました。
カウンター席に座ると、クリンゴン人の親父さんがメニューを持って近づいて来ました。
注文を取りに来たのかな、と思っていると
「お嬢ちゃん、やせっぽちだな!」いきなり言われました。
「仕事柄運動量が多くてね、贅肉が付かないんですよ。」と返事をしたら気に入って貰えたらしく、
「じゃあ、家の店で栄養をつけていってくれよ!」と、大笑いしてくれました。
ブラッドワインを飲みながらターボキアのパウンドケーキを食べていると(とんでもない組み合わせだな、と呆れられましたが。)マートク将軍が部下を従えて店に入ってきました。
「いやあ、今日は退屈な1日だった。親父、何か刺激の強いのをくれ!」将軍が言っているので、
「Nogh nei keragh ness!」と声をかけて、振り返ったところで
「今晩は、マートク将軍。宜しかったら、地球で一番刺激的な飲み物は如何ですか?」
と言ってみました。
「お前は?」
「21世紀から来た観光客です。」と答えると、部下の方達の表情が変りました。そのうちの
一人なんかは、
「貴様、将軍を暗殺する気ではあるまいな!」と、ダイレクトに聞いてきましたよ。
「休暇中まで働くほど仕事熱心じゃありません。」
マートク将軍は笑って、「いいだろう、レディーの誘いを断るのは無粋だ。」と言ってくれました。そこで私はラー油を50mlレプリケーターで合成し、切子のグラスに入れて将軍の前に置きました。(いっぺんクリンゴン人にラー油を飲ませてみたかったんですよね。絶対に気にいると思うんです。)
「これっぽっちか?」と将軍が聞くので、
「これ以上飲むと、クリンゴン人でも危険かもしれません。私の国の学生が度胸を示すために飲む物です。」(私の知人でホントに一壜飲んだ人がいました。もっともその人は、5分後に救急車で病院に行きましたが。)と説明すると、
「望むところだ。」と言って、将軍は一気に口に入れました。しばらく口に含んでから飲み込んで、
「ふむ、悪くない。確かに刺激的だ。」と感想を述べて、部下の方達にも勧めました。その方達や店の親父さんも喜んでくれて、「メニューに載せよう。」とまで言って貰えたので嬉しかったです。その後、親父さんが私のリクエストしたクリンゴンの勝利の歌を歌うのを聞きながら、武士道や、クラック・デケル・ブラクトの戦いや、ヴァイキングの話で盛り上がりました。そこまでは良かったのですが、最後にチョハットルースを飲んだのが失敗でしたね。一番小さいグラスで飲んだのですが、アイラモルトを100%エタノールで割ったような味で、飲んでから30秒後には誰かが言っている言葉は聞こえるのですが、意味を認識できない状態になってしまいました。それでも何とか自力で部屋に帰りましたが、着替えもせずにベッドに沈没です。
#3 ゼクの陰謀(?)
目が覚めたのは、次の日の0730時でした。目覚ましにシャワーを浴びてから(設定温度がカーデシア仕様になっていて、火傷しそうになりました。)
レプリケーターでカフェリアのリンゴとウタベリーの入ったミューズリーとグレープフルーツジュースを出して、朝食にしました。強いお酒は不思議と悪酔いしないものですね。
暫く考えてから、昼食までホロスイートで遊ぶ事にしました。
「クワークの店」に行って、「シャーロック・ホームズのプログラムは有りますか?」と聞いたら、「何だそりゃ?」と、クワークは聞き返してきました。データ少佐の真似っこをしてみたかったのに、残念です。プログラムリストを見せて貰うと、「グウィナビー」という名前のプログラムが有りました。「これは誰が作ったプログラムですか?」「チーフ・オブライエンだよ。ケイコのストレス解消に作ったらしいが、ケイコは暴力的な事は嫌いだって使わないんだとさ。」クワークは言います。思った通りのプログラムらしいので、2時間使用する約束をして料金を支払い、部屋に帰って古代ケルトの衣装に着替えてから、ホロスイートに入りました。
時は古代、所はアイルランドの孤島。その島を統治する女王グウィナビーになり、戦士を率いて侵略してきたローマ軍と戦うのです。
剣を振るい、雄叫びをあげ、戦士達を指揮して、2時間たっぷり暴れました。勿論、ローマ軍は滅茶苦茶にやっつけて退却させましたよ。普段地味な仕事ばかりしているので、とてもいいストレス解消になりました。
ストレスと一緒にエネルギーも無くなってしまったらしく、お腹がペコペコです。レプリマットに行くまで我慢出来そうにないので、「クワークの店」で昼食にしました。
「アンチョビーのピッツアとサマープディング、それにラプサン・スーチョンのアイスティーをお願いします。」と頼んだら、
「けっ、地球人って奴は気色の悪い物ばかり食いやがるぜ。」クワークは言います。
「そうですか?フェレンギの方の好きそうな食べ物も有りますけどね。」と水を向けてみると、
「ホントか?どういうのだ?」と、身を乗り出して来ました。
そこで私は、アリのソテーとか、イナゴの踊り食い(イナゴを生きたまま焼いて醤油を付けて食べる)とか、アフリカの原生林ではボヨという芋虫が大発生して、木から降って来るのを拾って食べる(この話をしたら、クワークは『ファンタスティックだ!』と言いました。)という話をしましたが、クワークが一番興味を示したのは、サルジニアン・チーズの話でした。「中でウジが育っていて、切るとピョンピョン飛び出して来るそうですよ。」と言ったら、「聞いただけでヨダレが出て来るぜ。」と言うのです。フェレンギ人って・・・
デザートを食べ終わってアイスティーの残りを飲んでいると、背の高い男性に連れられた子供が隣の席に座りました。その子供から防虫剤の臭いがしたので、「えっ?」と思ってよく見ると、それはグランド・ネーガス・ゼクとメイハードゥでした!(サイアク_!と思いましたよ。)
「クワーク!こちらのお嬢さんにマラルシアン・シーブ・エールを出すんじゃ!」ネーガスは有無を言わさぬ口調で命じました。クワークはすぐさまそれに従いました。
「お嬢さん、あんたは21世紀から来たんじゃね?わしはゼクという者じゃ。お話がしたいのじゃが。」ネーガスは猫なで声で話し掛けてきます。
「初めまして、グランド・ネーガス。私は年上の男性が好みですが、貴方位の年齢だと、残念ながら守備範囲外です。」と、私は答えました。
グランド・ネーガスは値踏みするようにこちらを見ながら、
「そうではない。ビジネスの話がしたいんじゃ。」と言いました。
「ビジネスの話は単刀直入にするのが21世紀流です。」
「いいじゃろう。実はな、あんたの卵子が欲しいのじゃ。1,000個ばかり譲ってくれんか?一つにつきラチナムのコイン50枚を支払おう。どうじゃ?」と言うから、呆れました。
「使用目的を聞かせて頂けませんか?それを聞いてから考えさせて頂きたいのですが。」
「あんたも聞いておるじゃろうが、我々フェレンギ人は悪い評判ばかりが先に立ってしまってな。顔を見られただけで警戒されてしまうのじゃ。そこでわしは考えた。信用される外見にフェレンギのビジネスセンスを持つ者がおれば、これほど稼げるビジネスマンはいないだろう、とな。わしのリサーチによると、アルファ宇宙域でもっとも誠実だと思われているのは、東洋系の地球人なのじゃ。」
「そうですか。」
「そうなんじゃよ。しかし、本物のバカ正直では困る。わしは新たなフェレンギ人を作る為に最適な遺伝子を持つ人種を探した。そして見つけたのが、過去の地球の日本人なのじゃ。東洋人の外見とフェレンギに近いビジネスセンスを持っておる。
はっきり言うと、わしはあんたの卵子とフェレンギの優秀なビジネスマンの遺伝子を使って、さらに優秀なビジネスマンを作るつもりなのじゃ。
我らフェレンギ人には、ビジネスセンスが全てじゃ。遺伝子や外見は関係無い。ビジネスセンスさえあれば、あんたの息子たちはどこまででものし上がれる。優秀ならデイモン
になれるし、誰よりも優秀なビジネスマンが生まれたなら、わしの次のグランド・ネーガスに指名しても良い。名誉な事じゃろう?グランド・ネーガスの息子を持つ女は、フェレンギにも数える程しかおらんのじゃ。」と、一人でまくし立てるのです。私は頭が痛くなってきました。
「いいですか、グランド・ネーガス。」と、私は口を開きました。「それ以前に、一つお話しなければなければならない事が有ります。」
「ああ、勿論体に傷の付かない方法で卵子を取り出すからの。それから料金は、一つに尽きラチナムコイン80枚までなら相談に乗ろう。」ネーガスは、すっかり自分の世界に入っています。
「私には、遺伝子に欠損が有るんです。」と言ってみても、
「かまわん、かまわん、24世紀の科学技術をもってすれば、そんな物はどうにでもなる。」と言い出す始末です。しかし私が、
「私に欠けているのは、金銭感覚を司る遺伝子なのですよ。」と言ったら、
「何!」と言ったきり絶句しました。
「そうでなければ、こんな危険な上に実入りの少ない仕事をしていると思いますか?」
口をパクパクさせているグランド・ネーガスに、私は言ってやりました。
暫く間を置いてから、私は止めの一撃を放ちました。
「イシュカさんは、この計画をご存知なのでしょうね。」と。
ネーガスは真っ青になって、
「い、いや、イシュカには何も話しておらんのじゃ。驚かせてやろうと思ってな。この話は聞かなかった事にしてくれ。イシュカにも内緒にな。」という言葉を残し、メイハードゥに支えられて去って行きました。
私はマラルシアン・シーブ・エールの残りを飲み終えると、妖怪を見るような目つきで私を見ているクワークにグラスを返し、「クワークの店」を出て、その足で保安部のオフィスに向かいました。保安チーフは巡回中とかで留守でしたが、その場にいらした保安部員の方に、ネーガスが私に話した事を全てぶちまけました。「イシュカさんに内緒に」とは言われましたが、保安部員に内緒に、とは言われませんでしたからね。その方は、
「保安チーフに報告した上で善処致します。」と言ってくれました。
頭の痛くなる話を聞いたので、部屋に戻って一眠りしてから、プロムナードのガラック氏のブティックに行ってみました。店は今日も閉まっていました。しばらくプロムナードを見て歩いてから、部屋に帰ってベイジョーの音楽を流してお風呂に入ったり、ホロムービーを見たりして、夕食までゆっくりと過ごしました。
夕食は、レプリマットでプランクトン・ローフと、韓国風ワカメスープにしました。(レプリマットのプログラムには、味噌汁が入っていないのです。部屋からアイソルニア・ロッドを持ってくれば良かったと後悔しました。)
#4 キラ少佐との遭遇
部屋に帰り、折り畳み椅子とチョコレートと、アスティを持って、念願の「星見酒」をする為に第3目標塔に向かいました。宇宙空間から見る星空に期待を膨らませながら、ターボリフトに乗ります。
最上階で降りて、保安部の方から貰った案内図に沿って歩いていたのですが、それらしい所に着きません。そのうちに、居住区らしい所に入り込んでしまいました。観光客扱いなので通信バッジは無いし、近くに通信パネルも見当たりません。事態が変りそうにないので、手近な部屋のドアチャイムを押しました。
「はい、どなた?」という声と同時に、不機嫌そうなキラ少佐が顔を出しました。
突然の事だったので驚いて、「こ、今晩は。」と日本語で挨拶したら、
「悪いけど、分らないのよ。」と、連邦標準語で返事をされました。
「何なの?」と尋ねる少佐に、「実は遭難しているんです。助けて下さい。」と、連邦標準語で答えました。「そう?」少佐は私を頭からつま先まで見て、
「それにしちゃ、綺麗な格好ね。どこから来たの?」と、言いました。
「21世紀初頭からです。第3目標塔に行こうとして、迷ってしまいました。」
「それならターボリフトが違うわ。でも今は機器の整備中で、第3目標塔は立ち入り禁止の筈だけど。」訝しげに少佐は言います。
「それは残念です。」
「何しに行くわけ?破壊工作?」少佐が、ちょっと尋問口調になってきました。
「これで何かの工作が出来ると思いますか?」と言って、私は持ち物を見せました。
「椅子と、ワインと・・・その箱は?」
「チョコレートです。星を見ながら、ワインと一緒に食べようと思いまして。」
少佐は呆れたような顔で、「変った人ねえ。」と言いました。
「立ち入り禁止なら、仕方が有りません。部屋に帰りたいのですが、どう行けばいいのでしょうか?」
「ここからゲスト用の区画までは、ちょっと複雑なの。オドーを呼んであげるわ。」
と言って、キラ少佐は部屋の通信パネルを操作しました。(少佐は私服だったので、通信バッジを着けていなかったのです。)
「キラよりオドー。」
「オドーです。」という保安チーフの声が、ドスン、ガチャンというBGMと共に聞こえてきました。
「私の部屋に、21世紀からの遭難者が来ているの。部屋まで連れて行ってあげてくれない?」という問いに返ってきた答えは、
「お待ちを。『クワークの店』の乱闘騒ぎを片付けないといけません。暫くそちらで預かって貰えませんか?」というものでした。
「いいわよ、通信終了。」と言ってキラ少佐が通信を切る前に、「こら、何をしてる!」という保安チーフの声が飛び込んできました。
「そういう事だから、部屋にどうぞ。」少佐は私を部屋に入れてくれました。
「済みません、お邪魔じゃありませんか?」
「いいえ。話が面白い所で中断されたから、不機嫌になっただけ。」と言いながら、身振りでソファーを勧めてくれます。
応接セットにはトーラ・ジアルさんが座っていて、カーデシア式に会釈してくれました。
「今晩は、トーラ・ジアルさん。」と挨拶したら、
「どうして私の名前をご存知なの?」と目を丸くしていました。
「貴女は21世紀支部では有名なんですよ。DS9でも有数のチャーミングな女性としてね。」
「でも私は、ベイジョー人の基準でもカーデシア人の基準でも美人じゃないわ。」はにかみながら、ジアルさんは言います。
「外見なんて、チャーミングの基準には関係有りませんよ。」
「じゃあ、何が基準なの?」お菓子を持って来たキラ少佐が聞きます。
「やはり度胸の良さと、本当の意味での頭の良さでしょうね。」
「それなら、DS9で一番チャーミングなのはキラ少佐だわ。」と、ジアルさんは嬉しそうに言いました。
「おだてたって、お茶のお代わりしか出ないわよ。ところで、えーと・・」
「ELIMです。」(コードネームで通すようにと指示されていました。)
「ELIMさんは、地球のどの地方の出身なの?」「日本です。」
「あら、ケイコと同じなのね。ココアがいい?」
「嫌いじゃないですけど、どうしてココアなんですか?」と聞くと、
「だって、過去の日本人は毎日ココアを飲んでいたって聞いたわよ。」という返事が返ってきました。何か誤解があるようです。
「それはみのもんたの番組で、一時的なブームになっただけですよ。」と説明したのですが、
「ミノモンタ?ミノス人の生き残りみたいな名前ね。」と言われました。
ジアルさんも、
「貴女はガラックと同じ名前なんですね。」と言いながら、私の服を不思議そうに見ています。(因みに、その時の私の服装はダークグレーのパンツスーツに、ピンクのワイシャツでした。)
「この服装は変ですか?」と聞いたら、
「確か貴女の星では、女性が男装をするのは戒律違反じゃありませんか?」と逆に聞かれました。
「確かに旧約聖書にはそういう戒律も載っていますが、今はその宗教もそんなにうるさくないし、私はアニミストですから。」(日本の宗教事情を説明するのも面倒だったので、こう言いました。)と答えたら、
「地球には全然違う宗教が一つの惑星に有るのですか?」と、とても驚かれました。
カーデシアやベイジョーの現在の宗教事情で育った方には、21世紀の地球の宗教事情は想像がつかないようです。
その後は、「女3人寄れば・・・」状態でした。デラビアン・チョコレートとゴディバのチョコレートの食べ比べをしたり、私の持って来たスプマンテを飲んだりしながら(ジアルさんは「私は未成年ですから・・・」と言ったのですが、「ベイジョーの法律では、未成年はアルコール度5%以上の物を飲んじゃいけないんでしょう?」と言って、炭酸で割ったワインを飲ませてしまいました。悪いお姉さんです。)、音楽や、お菓子や、男の品定め等について話しました。キラ少佐は、「男は最初からいいのを選ばなくちゃ駄目よ、妥協は禁物!」と言っておられました。
話がワープしまくった挙句、何故か話が「折り紙」の事に及びました。
「貴女の時代には、『オリガミ』(ベイジョー訛りで発音されたので、一瞬聞き取れませんでした。)っていう伝統の芸術がまだ生きているんでしょう?」少佐は言います。
「芸術という程でもありません。私でも幾つかは折れるし、『実用折り紙』という物もありますしね。宜しければ、何か折ってみましょうか?」と言ってみたら、二人とも興味津々で、
「見たいわ!」と言います。そこで、臨時の折り紙ショーの開幕となりました。鶴と奴さんと風船を折って見せたら、ジアルさんが、
「素敵だわ。貴女は芸術家のデジャーラの方なのね?」と妙な感心をしてくれました。
もっと意外だったのは、長方形の紙で箱を折って見せたら、キラ少佐が大変興味を示してくれた事です。
「これが『実用折り紙』なのね。今のベイジョーには必要な技術かもしれないわ。良かったら、もっと教えてくれない?」と言うので、今度は実用折り紙の講習会になってしまいました。お年玉袋、紙コップ、薬包みと進んで、「これを覚えておくといいですよ。」と、たとうの折り方を教えていたところで、ドアチャイムが鳴りました。「はい。」と言いながら少佐がドアを開けると、オドー保安チーフが立っていました。
「遅くなって済みませんでした。クワークが乱闘になった原因を話そうとしなかったものでね。お客様は何処ですか?」
「はい、ここです。」と言って、私は立ち上がりました。「そうだ、聞こうと思っていたのですが、」私はジアルさんに言いました。「ガラックさんは、どちらにおられますか?後輩としてご挨拶しようと思ってブティックに行ったのですが、お留守のようで。」
「ガラック?彼はベイジョーに降りているの。明日の朝には帰って来るわ。話をしておくから、一緒にランチを食べませんか?」と、ジアルさんは言ってくれます。
「いいんですか?」
「勿論です。食事は大勢の方が楽しいわ。1215時にプロムナードで待ち合わせませんか?」ジアルさんはニコニコしながら言いました。
「有難う御座います。必ず参ります。」
「でも、ガラックと食事をするなら、気をつけなくちゃいけないわよ。」と、キラ少佐は言います。
「大丈夫ですよ、後輩として挨拶するだけですから。では、長い時間有難う御座いました。とても楽しく過ごさせて頂きました。」と挨拶して、私はキラ少佐の部屋を後にしました。
「こちらです。」と保安チーフは言って、私の前を歩き始めました。それっきり、口を開きません。
「保安チーフ。」「何でしょう。」振り返らずに、オドーは答えます。
「グランド・ネーガスはどうなりましたか?」
「ネーガスは、1800時にステーションを離れました。フェレンギの息のかかった者には監視をつけましたし、あなた方の部屋の壁の内部にはフォースフィールドを張りました。安心して滞在して下さい。心配なら、ドクターに検査をして貰えますよ。」と言いながら、保安チーフはターボリフトから出ました。私は思い切って、
「質問が有るのですが、ご不快でなければ答えてくれませんか?」と聞きました。
オドーは怪訝そうにこちらを見て、「何でしょうか?」と言います。
「貴方には脈拍が有るのですか?是非聞いてみたかったのです。」
オドーは、「あぁ・・」と言って天井を見ました。「貴女は生物系の研究者だったんですね。違いますか?」「光栄ですね、そう見えますか?」
「私は研究所で育ったのでね、研究者はすぐに分ります。質問の答えですが、私には脈はありません。そこまで模倣する必要も無いのでね。」と言って、オドーは私に右手を差し出しました。
「何ですか?」
「研究者という人種は、自分で確認しないと納得しませんからね。触ってもいいですよ。」
と言ってくれます。私はお言葉に甘えて、保安チーフのナマ手に触らせて貰いました。
体温はベイジョー人と同じ36.7℃位のようですが、脈拍が全く有りません。何だか湯たんぽに触っているみたいでした。
「有難う御座いました。」私は手を離しました。
「脈の無い人間が怖くないんですか?」冗談のようにオドーは聞きましたが、その目には1000分の1位本気が混じっているのが分りました。
「怖くないですよ。」「そうですか。」オドーは再び歩き始めました。そして、私の部屋の前に着くまで、一言も話しませんでした。私が部屋のドアを開けるのを見届けてから、
「では、ごゆっくり。」と言って、戻って行きます。
「オドーさん、」私はその背中に向かって言いました。「モーラ博士は、貴方が好きなんですよ。研究対象としてじゃなく。私だから分ります。」前からオドーに言いたかった言葉です。オドーは振り返り、
「ええ、分っています。」と言って、あの素朴な笑顔を見せてくれました。そして、また歩いて行きました。
とてもいい物を見たような気がして、その晩はぐっすり眠れました。
#5 ガラック氏とのご対面
次の朝は、0730時に目が覚めました。入浴して魚類の頭脳レベルから、爬虫類状態まで上げた後で、チキン・サラダ・サンドと熱いディンブラで朝食にしました。その日の午前中は、仕事が忙しくて読めなかった本を読む事にしました。
「うちのお菓子は ちょっとちがう」という本を持ってプロムナードに行き、「クワークの店」の、ベイジョー星と宇宙空間が見える席に座りました。フェレンギ人のウェイターにアイスラクタジーノを頼み、何か言おうとするところに、
「読書をしたいので、呼ぶまで来ないで下さい。」と言って、退散させました。
何度も私の方を振り返るのが不思議でしたが、気にせずに本のページを開きました。
思ったとおり、簡単で美味しそうなお菓子のレシピがたくさん載っていました。旅行中でなければ、すぐにキッチンで作ってみたいお菓子が、いくつも有りましたね。
「チョコレートの暖かいデザート」のページを読んでいると、
「美味しそうですね。」と、後ろから声が聞こえました。振り返ると、ベンジャミン・シスコ司令官が面白そうな顔で立っていました。
「読書中に済みません、私はチョコレートには目が無くてね。」
「そうでしたね。」私はセクション31の内部資料を思い出しながら答えました。
「このレシピはいいですよ。ガナッシュを別に作らずに、ダリオール・ショコラが出来ます。」
「そうなんですか?いいですね、作ってみたいものです。」と、司令官は言います。
「エキストラ・ビターがお好きですか?」
「そうですが、ジェイクは苦いのが嫌いでね。家ではスウィートチョコばかりですよ。」
と、お父さんらしい事を言っておられました。
「エキストラ・ビターが好きになる頃には、女性にチョコレートをプレゼントするようになりますよ。ところで、この時代のチョコレートは何となく味が単調ですね。」
「キラ少佐の部屋でデラビアン・チョコレートを食べたそうですが、それでも単調でしたか?」シスコ司令官は聞いてくれます。
「ちょっと単調でしたね。私の時代にはカカオの品種が固定されていないので、そう感じるのだと思いますが。」
「カカオの品種が?21世紀の科学レベルでですか?」司令官は驚いたようでした。
「そうです。カカオ豆は、品種改良があまり進んでいません。一つの実の中に入っている豆でさえ、味も色も違います。ブレンダーの方も、苦労しているみたいですよ。年によって発酵の具合も違いますしね。」
「職人芸ですね。私も21世紀のチョコレートを食べてみたくなりましたよ。」あご髭を撫でながら、司令官は言います。
「実は、私が21世紀から持って来たチョコレートがまだ有るんですよ。宜しければ、スキャナーにかけてレプリケーター用のプログラムを作りましょうか?」と申し出たら、
「本当ですか?」シスコ司令官は嬉しそうな顔をしましたが、「しかし、大丈夫ですか?機器の扱いがご不明なら、テクニカルチーフに手伝わせますが。」と、心配そうに言います。
「ご心配なく。PFC支部で一応スキャナーの類の取り扱いは教えられていますからね。それに、こちらのテクニカルチーフはお忙しいと聞いていますし。ついでに、この本の連邦標準語訳も作りましょうか?」
「是非お願いします。最近ジェイクに、」と言ったところで、「キラより司令官。」と、通信が入りました。「シスコだ。」「ベイジョー政府から通信が入りました。司令室にお戻りください。」司令官は大きくため息をついて、「了解。」と言いました。
「楽有れば苦有りですよ。プログラムと本は、私の部屋に届けて下さい。ジェイクがいる筈ですから。」と言って、シスコ司令官はプロムナードを歩いて行きました。
私はすぐに部屋へ帰って、作業に取り掛かりました。普段スキャナーとレプリケーターを使わないもので、マニュアルとにらめっこしながら1時間30分近くかけて、プログラムと本のコピーを作りました。おまけで私のオリジナルレシピ、「究極のカスタードプリン」と、「マカダミアンナッツのプディング」の連邦標準語訳も付けました。保安部に連絡してシスコ司令官の私室を教えて貰い、早速届けに行きました。そのままランチに行くつもりで、ガラック氏へのプレゼントも持って行きました。
司令官の部屋のドアチャイムを押すと、「はーい。」という男の子の声がして、暫くしてからジェイク・シスコ君とノーグ君が出てきました。
「どちら様ですか?」
「21世紀から来たELIMという者です。お父様に頼まれたプログラムと本を持って来ました。」と言ったら、
「貴女がELIMさん?」と、ノーグ君が言って、まじまじと私を見ます。
「私はどこか変ですか?先ほどもフェレンギの方が私を見ていらしたのですが。」と聞いたら、
「貴女には金銭感覚が無いんでしょう?俺たちフェレンギには、心臓が無いのも同然なんです。だからつい見ちゃうんですよね。」と、興奮した様子で答えてくれました。
「しかし、アルファ宇宙域で一番大きな木だって、心臓無しで生きているでしょう?」と
言ったら、言葉に詰まっていましたが。
「21世紀のチョコレートのプログラムと、お菓子の本です。私のオリジナルレシピも付けましたからね。お父様に宜しくお伝え下さい。」と言って、私は司令官の部屋の前を失礼しました。ジェイク君はとても喜んでいましたね。
そのままプロムナードに行きました。クリンゴン・レストランの入り口には、「地球出身の方は、スクラグを食べないで下さい。」という張り紙がしてありました。する事が無いので、コンピューターからベイジョーの昔話を手持ちのデータパッドにダウンロードして、ベンチに座って読み始めました。2つ位読んだところで、「カーデシアの昔話と共通する物は無いかな?昔は行き来していたんだし。」と思い付き、カーデシアの昔話もダウンロードして、比較を始めました。そうしたら、成立年代が古いものには結構共通する話が見つかります。私は自分の発見が嬉しくなって、夢中になってそれぞれの昔話を読んでいました。
すると、私の肩を叩く人がいます。データパッドから顔を上げると、エリム・ガラック氏があの笑顔を浮かべながら、こちらを覗き込んでいたのです!
驚く私に、「諜報員は、常に周囲に気を配らなくてはいけませんよ。貴女でしょう?私と同じ名前の方は。」と、ガラック氏は言います。
「Na-pri yo-ten.」私は覚えてきたカーデシア語で言ってから、
「尊敬する大先輩の貴方にご挨拶を申し上げるべく、トーラ・ジアルさんに紹介をお願い致しました。ご迷惑で無ければ、昼食をご一緒させて頂けると光栄です。」と、カーデシアの礼式に則った挨拶を、連邦標準語で言いました。
「いいですとも、貴女は面白そうな方ですからね。ところで、私がスパイだなんて誰が言ったんですか?私は仕立屋になる前は庭師で、それ以外の前歴は有りませんよ。」
「そうですか?セクション31の資料によると、貴方は・・・」
「私は?」面白そうに、ガラック氏は聞きます。
「カーデシアの同業者の中で、一番の伊達男だったと書いてありました。」
ガラック氏は笑みを深くして、「正確な情報をお持ちだ。話からすると、ジアルにも会ったみたいですね。」と言います。
「ジアルさんと話していないのですか?」私は、ガラック氏はジアルさんと話をしたものと思っていたのです。
「朝一番で帰って来ましたからね。それに、私はカーデシア人ですよ。未婚女性の部屋に午前中に通信なんて出来ません。」真面目な顔で、ガラック氏は言います。
「不可解ですね。用事が有るのですから、何時だろうと通信をしたらいいじゃありませんか。」私は地球人としての正直な感想を述べました。
「何を言うんですか。未婚女性が身支度前の姿を見せてもいいのは、家族以外では婚約者だけです。カーデシア紳士なら、身支度前の姿を見る可能性のある時間には未婚女性の家に通信をしませんし、淑女は婚約の意志があると取られかねない午前中の通信はしません。それがカーデシアのプロトコル(正式な作法)です。」至って真面目に、ガラック氏は説明してくれました。私は、「そうですか。」と言うしかありません。
「私も、地球人の習慣で不可解だと思う事がありますよ。どうして地球人は、約束の時間より早く来たり遅く来たりするんですか?時間を決めた意味が無いでしょう。ドクター・ベシアに伺っても、『昔からの習慣だよ』としか言ってくれませんしね。納得できる説明があるなら、お聞かせ願えませんか?」
「納得して頂けるかどうかは分りませんが・・・・」私は、以前に読んだマナーの本を思い出しながら言いました。「地球人が約束の時間より遅れて来るのは、パーティー等に招待された時です。ホスト側の準備が遅れている場合に、時間的余裕を持たせる為の配慮です。」
「分りませんねえ。時間が決まっているのですから、遅れて来るお客様がいたら困るでしょう?」ガラック氏は、納得がいかないようです。
「そういうプロトコルになっているので、問題は有りません。例えばフランスでは、コンサートが30分位遅れて始まるのが普通ですし、一昔前の日本の田舎では、お茶の時間に1時間位遅れて行っても、『忙しかったから』と言えばそれで済んでしまったそうですよ。」
と言ったら、「何と恐ろしい。」という返事が返ってきました。
「では、約束の時間より早く来るのはどういう場合ですか?」
「それは、年長者や目上の人と待ち合わせをした場合です。先に行って準備をする為と、相手に敬意を示す為に、早めに行きます。私自身は、年長者と待ち合わせた時には、30分早く行くように、と教育されています。」
「カーデシア人には、その方法で敬意を示さない方がいいですよ。私の元上司なら間違いなく怒ります。『時間の無駄だ、何の為に時刻を決めた?』と言うでしょうね。」
「もしかして、時間より早く来たのをご不快に思っていらっしゃるのですか?部屋にいても面白くないので、プロムナードにいただけなのですが。」
「いいえ、私は約束の存在を知りませんでしたから、マナー違反でも何でもありませんよ。
ああ、ドクターとジアルが来ました。」と言ってガラック氏が見る方には、ドクター・ベシアと、手を振りながら歩いてくるジアルさんがいました。
「お帰りなさい、ガラック!」目を輝かせて、ジアルさんが言います。その手を包み込むように握って、「ただいま、ジアル。」と、ガラック氏は言いました。ガル・デュカットが見たら、何をするか分らない光景です。
「ガラック、今日はお客様がいるのよ。ランチをご一緒して貰っても構わないかしら?」
「勿論、構わないよ。今ご本人と話をしていたところだ。ドクターも構いませんか?」
「いいよ。僕も21世紀の人と話をしてみたいと思っていたんだ。ジュリアン・ベシアです、宜しく。」と言って、手を差し出しました。
「ELIMです。本名を名乗れなくて済みませんが。」私はその手を握り返しました。
「ガラックと同じ名前ですね。」
「たまたまガラックさんと誕生日が同じなのでね。自分で付けました。」
「それはどうも。続きは食事をしながらにしませんか?」とガラック氏が言うので、レプリマットに入ってテーブルに着きました。
私は「ささやかながら、贈り物を持って参りました。」と言って、ガラック氏に贈る為に持って来た「Domani」と、「はいせんす絵本」のカーデシア語訳の包みを渡しました。ガラック氏は包みを開けてパラパラとページをめくってから、
「有難う御座います、こういう資料はなかなか手に入らなくてね。」と言ってくれました。各々が好きなものをレプリケーターから出してきて、ランチが始まりました。ドクター・ベシアがカップを掲げて、
「では、21世紀最高のスパイに。」と言ってくれました。
「アルファ宇宙域最高のドクターと、一番の仕立て屋さんと、最もチャーミングな女性に。」
と私は言って、自分のカップを軽く合わせました。ガラック氏とジアルさんも、それに習ってくれました。(乾杯する時に白々しい位相手を褒めるのが、カーデシア流なのだそうです。)
「ところで、ガラックさん。ジアルさんと話をしていないのに、どうして私の事を知っていらしたのですか?」
「それはですね、」微笑を浮かべながら、ガラック氏は言います。「マートク将軍とクワークが、貴女の事をステーション中に言いふらしているからですよ。」
「は?」
「マートク将軍は、『過去の地球には、面白い女がいるものだ。』と言っておられましたよ。貴女はスリーパー(敵地に潜入して諜報活動をするスパイ)には向きませんねえ。」
「僕はクワークが、『あんな恐ろしい遺伝子疾患を持った女は見たことが無いぜ。』って、オドーに話しているのを聞いたよ。」ドクター・ベシアも笑いながら言いました。
「オドーは、何て答えたんですか?」と、ジアルさん。
「『金銭感覚が無くても自分が満足するだけ稼いでいる人間の方が、金銭感覚が人一倍発達しているくせに、満足するまで稼げないお前よりましだと思うがね。』」
ドクターが真に迫ったオドーの声色で言ったので、大爆笑になりました。
DS9の現在の状況は、決して安定したものとは言えないのですが、食卓の話題は、穏やかなものでした。ドクター・ベシアが、21世紀の医療技術について聞いてきます。私は分る範囲で答え、「仕事が忙しすぎて、休暇を取って初めて疲れている事に気が付きましたよ。」と言いました。
「分るなあ。僕もそういう事が時々有りますからね。」
「この機会に、徹底的に疲れを取りたいのですがね。ベイジョーかDS9に、鍼灸師はいませんか?」
「シンキューシ、僕達のボキャブラリーには無い言葉だな。どういう職業ですか?」
「体に針を刺したり、植物の繊維を乗せて火をつけたりして、治療をする職業ですが。」と言ったら、ジアルさんが小さく悲鳴を上げました。ガラック氏まで、
「本当に治療行為ですか?拷問じゃなくて?」と、真顔で聞いてきましたよ。
(確かに知識の無い人間が聞いたら、拷問じみて聞こえる治療法かもしれませんね。説明が悪かったでしょうか?)
「そんな危険な治療法じゃなく、24世紀の方法で疲れを取ってあげますよ。食後1時間したら、医療室に来てください。」ドクター・ベシアはきっぱりと言いました。
「最近は、どんな本を読んでおられますか?」私は話題を変える為に言いました。
「私はドクターのお勧めで、『ベニスの商人』を読んだのですがね。」
「どうでした?」
「はっきり言って、あんな契約をしたアントニオが愚かなんですよ。カーデシア人にはシェークスピアは合いませんね。」と、ガラック氏は言います。
「そうおっしゃる前に、『タイタス・アンドロニカス』を読んで下さいよ。カーデシアの方にも面白く読めると思います。」
「どんなお話なの?」ジアルさんが無邪気に聞いてきます。
「それは読んでみてのお楽しみという事で。」と、私はかわしました。(とてもランチの時間のレプリマットで話せるような内容ではないのです。)
「僕は、『007シリーズ』を読んでいるんだ。」ドクター・ベシアは言いました。
「お願いですから、エージェントがみんなあんな風だとは思わないで下さいね。」
「そうなんですか?もしかしたら昔はああいう人がいたのかな、と思っていたんですが。」
「どの時代だって、あんなのがいる訳がないでしょう。仕事になりませんよ。」少々呆れた顔で、ガラック氏が言いました。
「さすがは元スパイだな。」
「よしてくださいよ、ドクター。私は今は仕立屋で、昔は庭師ですよ。」
その後しばらくは、ドクターとガラック氏の応酬が続きました。
その間に私は、「ジアルさんは、最近どんな本を読まれましたか?」と聞きました。
「最近はベイジョーの詩集を読んでいます。地球の本では、『ポワロの事件簿』というのが面白かったわ。」
「『ポワロ』は、私の時代でも古典に近いんですよ。24世紀の方が、よく知っていましたね。」
「ガラックが勧めてくれたの。」
「悪人がきちんと断罪されない話があるのが気になりますが、ストーリーはいいですよね。」と、ガラック氏が言います。
「そろそろデザートにしましょうか。」
ドクター・ベシアはタルト・シトロン、ジアルさんはチョコレート・スフレ、ガラック氏は「体重が気になるから」と言って、ブラックベリーのクランブルにしました。(結構カロリーが有りますよ、と、私は心の中で呟きました。ガラック氏はダイエット出来そうにありません。)私は、レプリケーターのプログラムにあった、「アップルパイ・シスコ風」というのと、ロカサジュースを出して、テーブルに持って行きました。
ドクター・ベシアは私のカップの中身を知ると、
「それだけは止めた方がいいんじゃありませんか?」と言います。
「しかし、害は無いはずでしょう?」
「そうですがね・・・」
「だったら、試してみますよ。せっかく雑食動物に生れたのですから、色々な物を食べなくちゃ損です。」とは言ったものの、甘ったるくて青臭くて酸っぱい匂いがしていたので、後悔し始めていたのですが。
覚悟を決めて、口に入れました。青汁に、クエン酸とステビアを大量に入れたような味がします。(しかも、生ぬるいのです!)表情をコントロールする訓練を受けていた事を感謝しつつ、一気に全部飲みました。
「健康に良さそうな味ですね。」と感想を言ったら、他の人達が拍手してくれました。
「貴女には、優秀なエージェントになれる素質が有りますね。」と、ガラック氏は言ってくれます。
「有難う御座います。今の所は、『PFC支部で一番食道楽なエージェント』なのですがね。そうなれるように、努力するつもりです。」
「食道楽、いい言葉ですね。私もカーデシアにいた頃はよく食べ歩いたものでしたが。」
「21世紀の日本食は、どういう物なんですか?チーフ・オブライエンの家で、たまに日本食はご馳走になるのですがね。」と、ドクターは聞きます。
「一言で説明するのは難しいですね。どうです、宜しければ今日のランチの御礼として、明日の昼に実際の日本食をご馳走しましょうか?」
「いいですね、ガラックとジアルさんはどう?」
「私はエキゾチックな食べ物に目が無くてね。」
「私も、食べてみたいわ。」
「じゃあ、『ちょっとご馳走』な日本の伝統的なランチをご馳走しますからね。」
「楽しみにしていますよ。ところで、話題を蒸し返すようですが、貴女は最近どんな本を読まれましたか?」と、ガラック氏に聞かれました。
「お恥ずかしい話なんですが、仕事が忙しくて『アキピウスの料理書』とか、『アポトーシスの科学』位しか読んでいないんです。『夢判断』は途中までよんでそれっきりですしね。」
「私も仕事が忙しかった頃は、軽い物しか読めませんでした。しかし、教養を身につけておけば、後で必ず役に立つ時が来ますからね。」と、大先輩に言われては、
「有難うございます。良い人間になれるように努力します。」と答えるしかありません。
ガラック氏は笑いながら、「悪い人間になれるように努力した方がいいかもしれませんよ。」と、言いました。
ドクター・ベシアが、「いけない、もうこんな時間か。医療室に戻らないと。」と言ったので、ランチはお開きになりました。
レプリマットを出て、医療室に向けて歩き出す前にドクターは、
「いいですか、1時間したら必ず医療室に来てください。」と、私に念を押しました。
私も挨拶をしてから自分の部屋へ帰ろうとしたのですが、
「ELIMさん、」と、ジアルさんと話をしていたガラック氏に呼び止められました。
「DS9はどうです?また来たいと思われますか?」
「ええ、出来ればリピーターになりたいですね。」と答えたら、
「そうですか。では、また明日お会いしましょう。」ガラック氏はにこやかに言いましたが、何か思う所があるような表情でした。
私は部屋へ帰って、ダウンロードした昔話の続きを読み始めました。カーデシア人も、ベイジョー人も、地球人と価値観が驚くほど似ている所や、全く違う所が話の中から見えてきて面白かったです。あっという間に50分近く経ってしまいました。
ヘアバンドを外し、楽な服装に着替えてから、医療室に行きました。ドクター・ベシアは、医療スタッフの方とブリーフィングをしておられました。振り返って、
「やあ、いらっしゃい。」と言ってくれます。
「お忙しいなら、出直しますが。」
「いえ、今終った所ですから。ところで、ELIMさん、お願いがあるんですが。」
「いいですよ。」「まだ何も言っていませんよ。」
「おそらく、私の臨床データを取らせてくれ、という類の事なのでしょう?構いませんよ。私が貴方でも、こういう機会を逃したくないでしょうからね。」と答えました。
「有難う御座います。じゃあ、問診から始めますからね。」
ドクターに15分くらい問診を受けて、トリコーダーでスキャンを受けてから、体をフォースフィールドで包んでトラクタービームでマッサージする、24世紀式のマッサージ装置に乗りました。(クワークのホロスイートには、「別な」マッサージのプログラムしか無いのだそうです。)
何か不思議な感じのマッサージですが、結構気持が良くて、うつらうつらしてしまいました。
「終りましたよ。」ドクターに言われてクロノメーターを見ると、20分位しか経っていません。
「ずい分早いですね。」
「効率がいいですからね。もし良かったら、21世紀の病気について少し話してくれませんか?『思春期やせ病』とか、『受験ノイローゼ』と言うのに、興味があるんです。」
と言うので、その話や、慢性疲労症候群や、金属アレルギーの話をしていると、
「ジュリアン、僕はもう駄目だ。」と言いながら、げんなりした顔のチーフ・オブライエンが入って来ました。
「どうしたんだい、チーフ。」
「ケイコが論文に入ったって話はしただろ。それが煮詰まってしまって、日本食しか受け付けなくなったんだ。お陰でこの3日間、ケルプと魚だけの生活なんだよ。これがあと3日つづいたら、僕はストレスで死んじまう!」真剣にチーフは言います。
「日本食にだって、肉料理はあるでしょう?」私が言うと、
「この人は?」とチーフが聞きます。
「21世紀から来たELIMさんだよ。」ドクターが言ったら、
「貴女がELIMさんですか!」見る目がいきなり変わりました。
「マートク将軍ですか、クワークですか?」ため息混じりに、私は言います。
「いえ、キラ少佐です。『とってもユニークな人よ』と言っておられましたよ。」
「ユニークね・・エレガントと言うには、私はお喋りが過ぎますからね。」
「さっきの返事ですけどね、スキヤキも、豚の角煮も、ケイコはしつこすぎるって言うんですよ。」
「冷しゃぶは試しましたか?」と聞いたら、
「何です、それ。」と言われました。
「湯通ししてから氷水で冷やした肉を、野菜と盛り合わせて胡麻だれかポン酢をかけて食べる料理です。」
「美味しそうですね、他に何かあっさりした肉料理はありませんか?」
とチーフが聞くので、サイコロステーキ・大根おろしソースだの、鶏肉とねぎのすっぽん煮だのと思い付く限りの肉料理を並べ立てて、オブライエン家の何日分かの献立を立てる事になりました。
チーフは全部パッドにメモして、とても喜んで「有難う御座います!」と言ってくれました。
「とりあえずの対症療法としては、おやつにボクスティを食べてストレスを発散したらどうですか?」
「アイルランド料理が分るんですか?」チーフ・オブライエンは驚いた様子でした。
「ある程度はね。牛肉のビール煮位なら作れますよ。」
「やはり料理はアイルランドですよね。どうです、今回は無理ですが、今度いらっしゃる事があったら家でアイリッシュシチューを食べませんか?お袋直伝ですよ。」と言ってくれました。
「嬉しいですね、今度来た時には、必ず伺います。そうそう、アドバイスです。もし論文で煮詰まっている時に、旦那様が緑茶と生菓子でも持って来てくれたら、惚れ直すでしょうね。」
と言って、私は席を立ちました。
「はい、必ずそう致します。」と言って、チーフ・オブライエンは空軍式の敬礼をして、見送ってくれました。
部屋に帰ってからも、私は献立作りに追われる事になりました。手持ちの日本食のデータが入ったアイソルニア・ロッド(日本食の禁断症状が出た時の為に持って来ていました。)
のメニューを見ながら、アレルギーがでる物や、食べる人が生理的に受け付けそうにない物を除外して、美味しく食べられそうなメニューを作るのです。
ベイジョー人はウナギのイクシオトキシンで重篤な症状が起きた例があるし、カーデシア人は柿の渋でお腹を壊すし、ドクター・ベシアは言葉の端々から生魚を受け付けないと分っているし・・・
と、結構苦労しました。
どうやら献立が出来た時には、2130時を回っていました。空腹で仕事をしていたので、却ってボリュームのある食べ物は受け付けなくなってしまったし、日本食も食べたくなったので、アイソルニア・ロッドを使って天ざるうどんを合成し、夕食にしました。
明日の午後に21世紀に帰るので、明日使いそうな物以外を鞄に詰めて、休みました。
#6 日本食ランチパーティーです。
次の朝は割と早く目が覚めたので、パンケーキとベーコンとオレンジジュースで朝食を摂ってから、散歩に出ました。
プロムナードを歩いていると、オドー保安チーフとキラ少佐が、何やら話しながら保安オフィスから出てきました。私に気が付くと、
「あら、おはよう。」「おはよう御座います。」と声を掛けてくれました。
「ずいぶん早いのね。」と、キラ少佐が言います。
「いつもは朝寝坊なのですが、今日は何故か早く目が覚めてしまいました。」
「確か、今日の1400時に21世紀に帰られる予定でしたね。」
「はい、面白かったからもっといたいのですが、仕事も有りますし。」と言ったら、
「誰にとっても、仕事は大事な物ですからね。」真面目な顔で、オドーは答えました。
「もし時間があったら、お見送りに行くわね。」とキラ少佐が言ってくれて、私とは「クワークの店」の前で別れました。
プロムナードの展望窓から星を見ていると、クリンゴン語で言い争う声が聞こえました。下を見ると、ジャッジア・ダックス大尉とウォーフ少佐が何やら論争をしています。
クリンゴン語の上、二人が話しているので翻訳機でも処理できません。ウォーフ少佐はかなり頭に血が上っている様子でした。何かのはずみで決闘でも申し込まれたらたまらないので(ウォーフ少佐はそう簡単に決闘する人では無いと思うのですが、コワいので)、プロムナードから退散しました。
その日の午前中は、色々な星のレシピを見て過ごしました。(科学技術や歴史に関するデータには、アクセス出来ないようになっていました。)基本的な調理法は割と似ていますが、スパイスやハーブ、味の組み合わせに、各惑星の特徴が現れていました。
何故コンピューターに入っているのか分りませんでしたが、ロミュランの料理の本には、特殊な調理器具に肉を詰めて密封し、炎の滝から落とすと、滝壷から浮かび上がって来る頃にはちょうどいい焼き具合になっている・・・というダイナミックな事も書いてありましたね。
ランチに招待した1.5人のカーデシア人の心証を悪くしたくなかったのですが、やはり地球人としては、待ち合わせた時間より5分早くプロムナードに行かずにはいられませんでした。
レプリマットの前に立っていると、後ろで人の気配がします。振り返ると、ガラック氏が会釈してくれました。
「結構。同じ間違いをしない人は、いいエージェントになれますよ。」と言います。
「済みません、地球人としてはどうしても早く来ずにはいられなくて。」と謝ったら、
「いいのよ、私も早く来てしまったし。」と言って、ガラック氏の後ろからジアルさんが顔を出しました。
「淑女のする事じゃないと止めたんですがねえ。ま、ここは連邦とベイジョーのステーションですから、大目に見ましょう。ドクターなんか、席に着いて待っていますよ。
まったく、地球人はせっかちでいけない。」と言いながらガラック氏が見る方には、椅子に座って上機嫌なドクター・ベシアがいました。
「じゃ、ランチにしましょうか。紳士淑女の皆様、ご着席ください。」と言って、私はジアルさんとガラック氏をドクターの座っているテーブルに案内しました。
「座っていて下さいね。正式なランチでは、配膳はホスト側の人間がするものなんです。
私が持って来ますから。」と言って、私はレプリケーターの前に行きました。
アイソルニア・ロッドをスロットに入れて、「ELIM1のランチメニューを4人前、30秒おきに出してください。」と、注文しました。でてきた和風定食を、私はピストン輸送します。全員の前にお膳が揃ったところで、私も席に着きました。
私の苦心のランチメニューは、もっそう型で抜いた菜めし、はまぐりの澄まし汁、天ぷらの盛り合わせ、野菜の煮しめです。(料理人の方、見て怒らないで下さい。エーリアンにも受ける献立を考えた結果なのです。)
「すごく綺麗だわ。」と、ジアルさんが言ってくれます。
「有難う御座います。日本食は見た目も大事にするのです。お椀の蓋は、左手で横を押しながら取って下さいね。」
「フランスのコースメニューみたいに、次々と出てくるんですか?ちょっと食べきれないかも・・・」ドクターは言いました。
「いえ、これで全部です。デザートは後で持ってきますが。」
「なるほど、何度も料理を運ぶ手間が省けるし、いっぺんに出されると目でも満足できる。
合理的かつ経済的だ。過去の日本人とは、友達になれるかもしれないな。」と、ガラック氏はちょっとズレた感想を述べてくれました。(誰です、日本人はみんなエコノミックアニマルだって歴史書に書いたのは。)
そのあとしばらくは、「どういう順番で食べたらいいの?」とか、「このソース(天つゆの事)はどの料理の為の物ですか?」という会話が続きました。
日本文化に関する話題でランチは楽しく続いていましたが、天ぷらになっていた魚の一つを見て、ガラック氏のナイフとフォーク(どうせ箸を使える人はいないと思ったので、最初からナイフとフォークにしました。)が止まりました。
「ELIMさん、ひょっとしてこの魚はウナギじゃありませんか?」と尋ねます。
「本当だ、ジアルさん、ウナギなら食べちゃいけませんよ。ベイジョー人はウナギで中毒するんです。」ドクター・ベシアも心配そうに言います。
「ご心配なく、これはギンポです。イクシオトキシンは持っていませんよ。天ぷらで食べないと美味しくない、という珍しい魚です。安心して召し上がって下さい。その他の食材も、ベイジョー人もカーデシア人も大丈夫な物だけを使っていますから。」と答えたら、
皆さん安心して食べ始めました。
「このスマシジル、というのは何だか懐かしい味がしますね。」ガラック氏は言います。
「僕には全部がエキゾチックだな。テンプラはチーフの家でご馳走になった事があるけど、
ギンポとか、マイタケというのは初めてだ。」と、ドクター。
「どれも淡くて上品な味付けだわ。毎日食べても飽きないですね。」ジアルさんはとても気に入ってくれたようでした。
「有難う御座います。皆さんに喜んで頂けて嬉しいです。」
「そうだ、日本の方と話す機会があったら、是非聞こうと思っていた事があります。」
と、ガラック氏。「過去の日本では、フグという毒魚を食べる習慣があったそうですが、それはやはり、クリンゴンのお茶と同じような意味あいをもつものだったのですか?」
私は危うく、飲んでいた汁を吹きそうになりました。澄まし汁を飲み込んでから、
「聞いたら後悔しますよ。」と、私は言いました。
「是非聞きたいですねえ。」と、ガラック氏は言います。
「分った、何か日本人のタブーに触れるような、呪術的な意味が有るんでしょう?」ドクターは見事なまでの勘違いをしてくれました。
「ホントに聞きたいですか?」私は念を押しました。全員が頷きました。
「では、言います。日本人がフグを食べる理由はただ一つ、美味しいからです!」と言ったら、
「何ですって!」「何だって!」ドクターとガラック氏が、同時に言いました。
「しかし、テトロドトキシンは猛毒でしょう?一匹分で何百人も死ぬって、前に読んだ資料に書いてありましたよ。」ドクターは、真剣な表情で聞きます。
「食用のフグの場合は、卵巣にしか毒は有りません。卵巣を壊さないように取ってしまえば、後の部分は問題なく食べられるんですよ。」
「私の読んだ資料には、フグはめったに食べないと書いてありましたよ。儀式用の食べ物だからじゃないんですか?」ガラック氏も食い下がります。
「単に高い食べ物だからですよ。フグ自体はわりと獲れる魚ですが、調理できる人間が少なくてね。」と答えたら、
「なんて事だ・・・過去のロマンが一つ消えてしまった。」と、頭を抱えていました。
ジアルさんはびっくりした顔で、「色々な事があるんですね。」と言います。
「その意味ではあなた方が羨ましいです。私より遥かに広い世界で生きていらっしゃいますから。では、デザートを持ってきますね。」私は再び席を立ちました。
デザートとして私が用意したのは、練りきりで作った桜と、あんこ玉です。玉露も付けました。
「まあ、とてもデリケートだわ!」ジアルさんは、見た途端に言いました。
「本当に繊細ですね、食べるのをためらってしまいますよ。こちらの黒くて丸いお菓子と、好対照ですね。」と、ガラック氏は言います。
「崩すのが勿体無いけど、僕は食べるよ。」と言って、ドクター・ベシアは危なっかしい手つきでくろもじの楊枝を使い始めました。
「うん、ほのかに甘くて美味しいね。」
「洋菓子に慣れた方には、少し物足りないかもしれませんが。」
「いや、淡い味わいの料理だったから、これ位で丁度いいよ。」
「私は今日のランチで、地球の文化を見直しましたよ。」お茶を飲みながら、ガラック氏は言います。
「ドクターを見ていると、地球にこんな繊細な食文化があるなんて想像もつきませんからね。」
「それはどういう意味だい、ガラック。」
「貴方は素朴でパワフルな方だと褒めたつもりなんですがね。」
「褒め言葉になってないよ。」ドクター・ベシアは渋い顔です。
「そうだ、ガラックさん、」私は言いました。「ポケットがたくさんあってエレガントな
女性用スーツ、というのは、24世紀の技術をもってしても出来ませんか?」
「ポケットねえ、そういう注文を受けたのは初めてですよ。しかし女性の方は男性に比べて不便かもしれないとは、前から思っていました。いいでしょう、貴女がまた来るまでに、考えておきますよ。デザートが終ったら、採寸させて下さい。」と、言ってくれました。
「私はランチが終ったら、このお菓子のプログラムをレプリケーターにダウンロードして頂きたいわ。」ジアルさんは言います。
「気に入っていただけて嬉しいですよ。勿論そうします。」
それから3分後に全員がデザートを食べ終わったので、私はお茶とお菓子のプログラムをダウンロードしてから、レプリマットの外でガラック氏に採寸して貰いました。(何故かガラック氏はメジャーを持っていました。「仕立屋のたしなみですよ。」とか言っていましたが。)
ドクターとジアルさんは、握手してくれました。「お見送りに行きますね。」「僕も、時間が取れたら行きますよ。」
「無理はなさらないで下さいね、お忙しいと知っていますから。では、荷物をしまわないといけませんので。」と言って部屋に帰ろうとしたら、
「これも荷物に加えて下さいよ。」と、ガラック氏はリボンをかけた包みを差し出しました。
「・・・これは?」
「カーデシアのお菓子ですよ、今日のランチの御礼にと思って。部屋に帰ってから開けてみて下さいね。」と言って、片目をつぶってみせます。
「有難う御座います。大切に食べますからね。」お礼を言ってから、私は部屋に帰りました。
帰ってみると、ちょっと驚く事態になっていました。
オドー保安チーフとベイジョー人の保安部員の方が、部屋のドアの前に立っていたのです。
「帰って来てくれて良かった。あと2分遅かったら、私の権限でドアロックを開けようと思っていましたから。」保安チーフは言います。
「何でしょうか?」
「念の為に、荷物を調べさせて頂きます。未来の機器を持ち帰って貰っては困るのでね。10分で終りますよ。」
「どうぞ。」と言って私はオドー達と一緒に部屋に入りました。保安部員の方が、トリコーダーで私の荷物や部屋をスキャンしたり、パッドのデータを調べたりする間、オドーが私に職務質問をしました。
「何も買ったりしませんでしたね?」
「食べ物以外は買っていません。」
「クワークから、未来の情報を買ったりしなかったでしょうね?」
「全くそんな事はしていません。私が法を犯すタイプに見えますか?」
「貴女は、悪意があって法を犯す人ではありません。しかし、好奇心から、知らずに法を犯す事はあり得る人に見えますね。」
「よく分っておられますね。しかし、本当に何もしていませんよ。アクラーナ(ヴァルカンの戦争の女神)にかけて誓います。」
「そんなものにかけて誓わないで下さい。」呆れた顔で、保安チーフは言います。
「仕方無いでしょう、スパイの神様はあまりいませんからね。アモルフォスにかけて誓うよりましでしょう?」と答えたら、オドーは額に手を当てて頭を振っていました。
「チーフ、何も検出されませんでした。」保安主任の方が報告します。
「よし、チェック完了だ。失礼しました、ELIMさん、残り少ない時間ですが、ごゆっくりお過ごしください。」と言って、オドーは部屋から出ようとしましたが、
「そうだ、その包みは何ですか?」と聞きます。
「ガラックさんがくれたプレゼントですよ。お菓子だって言っていました。」と言うと、
「それなら問題有りませんね。では、失礼しました。」保安チーフ一行は部屋から出て行きました。
早速プレゼントの包みを開けてみると、中から出てきたのはカーデシア模様のポーチでした!
「オドーを騙してしまった!」と血の気が引きましたが、私も知らなかったのですから悪くありませんよね。
ひょっとしたら中にお菓子が入っているのかな、と思ってポーチを開けてみましたが、入っていたのは小さな封筒だけでした。封を切ると、中からサーモンピンクの石が付いたピンブローチが出てきました。よく見ると、花の形に彫ってあります。
同封されていたカードには、
「ELIM様
今日はエキゾチックなランチを有難う御座いました。
さて、不躾とは思いますがお願いがあります。
今度DS9にいらっしゃる時に、BOOKS法の本とKGBに関する資料を持ってきて貰えませんか?勿論、単なる趣味として読んでみたいのですよ。この事は内密に願います。
手数料と口止め料として、カーデシアン・コーラルのピンブローチを同封致します。
仕立屋のエリム・ガラックより
追伸 貴女位の歳の女性がジュエリーを全く着けないのは、かえって目立ちますよ。」
と、日本語で書いてありました。
私は荷造りをして、ポーチとピンブローチを鞄の底に隠しました。そして鞄を持って部屋の外に出て、ドアをロックしてから、プロムナードに行きました。ジャムジャ・スティックを食べながら待っていると(さとうきびのような甘さで、私の知らないスパイスで風味がつけられていました。)、1350時になりました。
#7 出発!
第3ドッキングポートに行くと、キラ少佐、オドー保安チーフ、ガラック氏、ジアルさんが見送りに来てくれていました。
「司令官達も来たがっていたんだけど、連邦から緊急通信が入ってしまったの。司令官は、プリンを作ったらジェイクが喜んでくれた、有難うって伝えてくれと言っていたわ。ジュリアンは、疲れを貯めないように、チーフは、どうしてだか分らないんだけど、これで死なずに済んだ、って。」
「有難うございます、皆さんもお元気で、とお伝え下さい。キラ少佐も、オドーさんもお元気で。」
「有難う。」「有難う御座います。」
「ガラックさんも、ジアルさんもお元気で。」
「貴女もお元気でね、とても楽しかったわ。」ジアルさんが言ってくれました。心なしか寂しそうです。
「また来ますからね。」としか、私には言えませんでした。
「またいらっしゃるのを、楽しみにしていますからね。スーツも待っていますよ。」ガラック氏が言います。
「必ず来ますよ。でも今は、21世紀の天気が心配ですね。雨にならなければいいのですが。
(これは、「秘密指令を了解した。」という意味の、オブシディアン・オーダーで使われていた暗号です。)」と言ったら、ガラック氏は笑顔を崩さずに、
「きっと晴れていますよ。」と答えました。
「では、また会いましょう。」と言って、私は皆さんに会釈してから、タイム・シップに乗りました。ドアが閉まるまで、4人は見送ってくれました。
「こちらはUSSマイスター・ホラ。発進を許可されたし。」パイロットが通信を送りました。
「発進を許可する。」と、私の知らない男性の声が言います。
USSマイスター・ホラはステーションを離れ、充分に距離を取ってから、超空間にはいりました。そして12分間の時空間飛行の後、私は21世紀に帰ってきました。
帰ってきてからの私は、ペニーロイヤルミントとフェンネルを買い漁っている25世紀の男性の身柄を確保したり(締め上げてみたら、ハーブ好きな妻を事故に見せかけて殺すつもりだった、と白状しました。)、惑星連邦時間局からの依頼を受けて、生物調査に来たものの、精神状態を疑われて病院に収容されたヴァルカンの学者を、書類をでっち上げて身柄を引き取ったりという、退屈な日常を送っています。しかし、再びDS9に行く日を夢見て仕事に励むつもりです。この次の休暇は、自分で行き先を選べますしね。本当に印象に残る2日間でした。
これで、休暇の顛末記を終らせて頂きます。
* お願い※
この文章の事を、私のボスにはくれぐれも言わないで下さい。オモテの稼業は知りませんが、身長170cm位、頭は白が勝ったごま塩、しもぶくれの顔で、ちょっとお腹が出ていて関西なまりの標準語で話す、60歳位の男性です。この特徴に該当する人をご存知の方は、この顛末記の事を話さないよう、お願い致します。
減俸されたくありませんので。