Details(いきさつ経緯) STAR TREK Next Generation |
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Written by ELIM |
#1 プロローグ
「動かないで!」と私は言いました。フランス出身の科学士官ヴォージェル中尉が転送収容される予定だったのに、転送台の上に立っていたのはカーデシア人男性だったからです。
「待ってください、怪しい者じゃありません!」そのカーデシア人は、慌てた様子で言いました。
「怪しく無い訳がないでしょう、本物のヴォージェル中尉はどうしたの?」
「ああ、そういう事ですか。」その男性は、納得した様子で言います。
「僕が本物ですよ。エナブラン・プリン・ヴォージェル。カーデシア系フランス人で、連邦の科学士官です。お疑いなら、DNAを照合して下さい。」
私はすぐにトリコーダーでその男性をスキャンして、結果をヴォージェル中尉のファイルと照合します。間違いなく本人でした。
「失礼致しました。」と言って、私はフェイザーを下ろしました。
「いいんですよ、いきなりカーデシア人が現れたら、誰でも驚くでしょうからね。特に貴女はベイジョーの方ですし。」そう言いながら、ヴォージェル中尉は転送台から降ります。
「保安部員のディーコン少尉です。ジュニアスへようこそ。艦長室にご案内します。」
私は型どおりの言葉を述べて、先に立って歩きました。ヴォージェル中尉は艦長に着任の挨拶をし、その後で私が部署に案内しました。思ったとおり、すれ違う人がみんな振り返ります。ヴォージェル中尉はまったく意に介さず、自己紹介をして持ち場につきました。
#2 再会
次に会ったのは、第2デッキの通路でした。何と彼は、半袖短パンのキモノのような服を着て歩いています。
「何て格好をしてるの!?」私は思わず大声をだしました。
「何かまずいですか?」ヴォージェル中尉はキョトンとした顔で答えます。
「ヴォージェル中尉、パジャマで艦内を歩き回るような真似はなさらないで下さい。」
「これはパジャマではありませんよ。ジンベイといって、日本人男性の夏の普段着だそうです。」
「日本では普段着なのかもしれませんが、ここでは風紀上よろしくありません、着替えて下さい。」と、厳しい声と表情で注意したのですが、
「分りました、着替えてきます。教えて下さって有難う。」と言って気さくな笑顔を見せるので、カーデシア人が大嫌いな私も、つい笑顔を返してしまいました。
私はそのまま夕食を摂る為にラウンジへ向かいました。ラウンジは外交使節団を迎えていたので、混雑しています。私は一つだけ空いていたテーブルを見つけて座り、ハスペラットを注文しました。黙々と食べていると、
「座ってもいいですか?」頭の上から遠慮がちな男性の声が聞こえます。顔を上げると、制服を着たヴォージェル中尉が立っていました。
「私と同席するのがお嫌なら、出直してきますが。」
「相席くらいならいいですよ、デートしろというならお断りですけど。」
「有難う。」ヴォージェル中尉は私の向かい側に座って、ブイヤベースを注文します。
「僕がブイヤベースを食べるのは変ですか?」私は不思議そうな顔をしていたようです。
「ええ、てっきりカーデシア料理を頼むと思っていました。」
「僕の父は南フランスの出身でね。家ではフランス料理とカーデシア料理が交互に食卓に上っていました。」ヴォージェル中尉は一口ブイヤベースを食べて、
「今一つだな。どうして手作りの味を再現できないんだろう。」と言いました。
「私も同感です。合成料理ばかり食べていると、時々無性にベイジョーバジル入りのオムレツが食べたくなります。でも私は料理が全然駄目で、作れないんです。」
「僕も時々、母や祖母が作ってくれる料理が恋しくなる事がありますよ。」
「一つお聞きしてもいいですか?」私は、思い切って聞いてみました。
「何でしょうか。」ヴォージェル中尉は、スプーンを置きます。
「何故あんな服装で歩き回っていらしたのですか?」
「ああ、あれね。実験中だったんですよ。」
「実験?」
「ええ、僕がプライベートで開発している、個人用ポータブル環境制御装置の実験です。
僕やヴァルカン人クルーのように、快適な温度が他のヒューマノイドと違う人間が、同じ空間にいてもどちらも快適に過ごせるといいな、と思いましてね。」
頭を掻きながら、ヴォージェル中尉は言いました。
「そうだ、僕も貴女に聞きたいと思っていた事があります。」
「何ですか?」
「今度のクラスニでの上陸休暇ですが、上陸のローテーションが貴女と同じ班になったのです。貴女がご不快なら、艦長に頼んで別の班に変えて貰おうと思っていました。どうしましょうか?」
「転送降下が一緒になるだけでしょう?構いませんよ。」と、私は答えました。
「良かった。僕はカーデシアがベイジョーにした事は、許されていい事ではないと思っていますが、僕に出来る事は、身近なベイジョーの方に不快な思いをさせない事位ですからね。」
「話題を変えましょう。」私は言いました。
「そうですね、今日の出来事なんかどうですか?今日は実に興味深い実験結果が出たので、気分がいいんですよ。」
「私は良くありません。今日は保安センサーの定期点検の日だったの。艦内中を歩き回ってくたくたです。体中から活力が抜けてしまったわ。まるで、」
「ボーハイヤーになったみたい?」ヴォージェル中尉が言葉を続けます。
「どうしてご存知なの?」
「僕の母は神話学者で、父はファンタジー系の物書きです。その手の本がそこいら中にある環境で育ったのでね。」
「じゃ、この話は知っている?」食事が終るまで、ベイジョーの神話や昔話の話題で盛り上がりました。彼はベイジョーの神話や伝説の知識が豊富で、私が知らないような話まで知っています。会話をしているうちに、彼が気さくでありながら細やかな神経の持ち主だと分って来ました。
「今日の夕食は楽しかったですよ、有難う。」と言って、彼は席を立ちます。ラウンジの出口に向かう彼を見ながら、私はカーデシア人だというだけで彼を嫌っていた自分が恥ずかしくなって、うつむきました。
「どうしたの?あのカーデシア人に何か言われたの?」近くのテーブルにいたイア・タキア少尉が心配して声を掛けてくれます。
「違うの。彼は外見がカーデシア人だけど、中身は地球人に近いのよ。」と、私は答えました。
それ以来、私と彼はラウンジで顔を合わせると挨拶を交わす仲になりました。彼は他の科学士官達とも仲がいいようで、彼らと一緒にいる事が多かったのですが、一人の時には私と世間話をしました。何度か話をしているうちに、クラスニにある私のお気に入りのレストランで、一緒にランチを食べることになりました。
#3 上陸休暇
上陸休暇の日が来て、上陸第2班の人員4人が一緒の転送台に乗ります。ヴォージェル中尉はいつも楽しそうにしている人ですが、今日は特別に楽しそうです。
「さあ、クラスニの市場で食材を買い込むぞ。」と言いながら、転送されました。
その言葉どおり、彼は色々な食材を買い込んで、ジュニアスに荷物を転送しました。
「それじゃ、レストランに行きましょうか。」と私が言った時に、
「泥棒!」という叫び声がしました。声がした方向を見ると、荷物を抱えた中年男が走ってきます。ヴォージェル中尉は、何も言わずに男の前に立ちふさがりました。次の瞬間、中年男は投げ飛ばされ、中尉に地面に押さえられていました。
「スリルを楽しみたいなら、もっと他の方法が有るでしょう?」と、その男に彼は言います。駆けつけてきた警察に男を引き渡して、私たちは再びレストランに向かって歩き始めました。
「見事なお手並みでしたね、中尉。」と、私は言いました。「しかし、艦隊で教えているマーシャルアーツとは少し違うようでしたが。」
「母はカーデシア戦士階級の出身でしてね。僕や妹が小さな頃から武術を仕込んでくれたのですよ。艦隊アカデミーでも白兵戦技術は習ったのですが、とっさの場合にはついカーデシア式の武術が出てしまうのです。」と、彼は答えました。
ヴォージェル中尉とランチを一緒に食べた後は、私は友達と休暇を過ごしました。
休暇が終わり、ジュニアスの自室でぼんやりしていると、ドアチャイムが鳴ります。
「はーい。」と返事をしてドアを開けると、ヴォージェル中尉が立っていました。
びっくりして「何の御用ですか?」と聞くと、
「良かったら、どうぞ。」と言って、蓋の付いた皿を差し出されます。蓋を取ってみると、
小さなハーブ入りのオムレツと、フライドポテトと、焼いたプチトマトが並んでいました。
「夜食にどうかと思って、作ってみました。ベイジョーバジルが手に入らなかったので、クラスニの似たようなハーブが入っていますけどね。」私に皿を渡して、ヴォージェル中尉は立ち去ろうとします。
「待って、お茶くらい淹れるわ。」
「いいんですか?」
「夜食を作ってくれた人にお茶も出さないしみったれだと思われたくはありませんからね。
でも、私に何かしたら只では済みませんよ。」
「勿論、何もしませんよ。女性は自分の魅力で縛るもので、暴力でいいなりにするものではないと教わっていますからね。」と言いながら、中尉は部屋に入りました。
「その言い方は、却って気に触るわ。」
「済みません、僕は時々デリカシーの無い発言をしてしまうみたいです。母や妹にも、よく注意されますよ。」
「注意してくれるお母様がいてくれていいですね。私の母はカーデシア人に殺されてしまいました。」
ヴォージェル中尉はしばらく私を見つめてから、
「済みません、思い出させてしまって。」と言いました。
「いいのよ、事実ですから。」私は中尉の前にティーカップを置いて、オムレツを一口食べました。申し分の無い火の通し方で、ハーブの香りが広がります。
「すごく美味しいわ。」と言うと、彼は「良かった。」と言ってにっこり笑いました。
「どこで料理を習ったのですか?」
「独学です。我が家は時々、まともな料理が出てこなくなる環境だったのでね。」
「学者と物書きの夫婦ですものね。でも、自分達で料理をしていたなんて、凄いわ。」
しばらくの間、沈黙が続きました。
「こういう時間を、フランスでは『天使が通っていった』と言います。」ヴォージェル中尉は言います。
「どうです、お互いが知っている笑い話を披露しませんか?」私はその提案に賛成し、二人で30分間たっぷり笑い転げました。
「有難う、楽しかったですよ。」クスクス笑いながら彼が出て行った後、そのおかげでカーデシア占領時代の悪夢を見ずに眠る事ができました。
#4 疑惑
それから2日後の夜、私は当直のパトロールで、ブリッジへ行きました。
科学ステーションで、何かをしている人がいます。
「何をしているの?」と声を掛けると、ヴォージェル中尉が振り返りました。
「今晩は、ディーコン少尉。」
「何をしているんですか?分析結果に問題でも?」と尋ねると、
「いえ、やぼ用なのですがね。」少しうろたえた様子で答えます。
「そうですか。」と言って、私はブリッジを出て、パトロールを続けました。
それから7日後に、事件が起きました。連邦軍の機密事項がカーデシアに漏洩していた事が判明したのです。そして、ジュニアスの通信可能域に、情報を連邦から受け取っていたとされるカーデシア戦艦「トゥンカット」が何度も来ていた事も判明しました。こうなると、ジュニアスの内部に機密を漏らしている人間がいるとしか考えられません。
「やはり、ヴォージェル中尉も容疑者に入れる必要があるわね。」ヒルダ・イワン・キリノ大尉は言いました。
「彼には機密を知る機会もあるし、それを『トゥンカット』に送れる技術もある。」
「ヴォージェル中尉は、比較的スムーズにジュニアスのクルーと打ち解けましたが、それはオブシディアン・オーダーで教わった『人に気に入られる技術』の為かもしれませんね。
彼が保安部員並みの格闘技術を持っているのも、疑おうと思えば疑えます。」イア・タキア少尉も言いました。
「そんな!彼はスパイ行為が出来るような人間ではありません。多少怪しい行動は取りますが・・」私は彼を弁護したのですが、
「怪しい行動?何か知っているの?」とキリノ大尉に切り込まれました。
私は立場上、彼が深夜にブリッジの科学ステーションで何かをしていた事を言わざるをえませんでした。
「それは調べなくてはいけないわね。コーダ中尉、科学ステーションのメモリーを調べてみて下さい。」
「了解。」
そして、科学ステーションのコンピューター・メモリーが調べられました。その結果、ヴォージェル中尉の認証コードで暗号通信が送られていた事が判明したのです!
「カプラン大尉、ヴォージェル中尉を連れて来て下さい。事情聴取します。」キリノ大尉は指示しました。
「待ってください!」私は思わず言いました。
「私に行かせて下さい。彼とはある程度親しいので、何か聞き出せるかもしれません。」
「君で大丈夫か?あの男は使い手と聞いているが。」カプラン大尉が言います。
「大丈夫です。ヴォージェル中尉は、私を殴り倒しても逃げ切れないと分る位の頭脳がある人ですからね。」と言って、私はヴォージェル中尉の私室に向かいました。
ドアチャイムを鳴らすと、「お入りください。」という中尉の声が聞こえます。
ヴォージェル中尉は、不思議な音楽を聞きながらお茶を飲んでいました。
「ヴォージェル中尉、私としては甚だ不本意なのですが、保安部まで来て頂けないでしょうか?」
「いいですよ、事情聴取ですね?」平然として、彼は答えました。疑われているというのに、この余裕は何なのでしょうか?私はどう考えていいのか分らなくなりました。
「あと1分待って下さいね。お茶を飲んでしまいますから。」
「・・・変った音楽ですね。」私は何を言ったらいいのか分らなくなって、思い付いた事を口に出しました。
「地球の古代オリエントの音楽を再現した物です。僕はこういうのが好きでね。では、行きましょうか?」中尉は、カップを置いて立ち上がりました。
「先に行って下さい。」私は出来るだけ事務的な口調で言います。中尉は私の前を歩いて、部屋の外に出ました。
「疑っていますか?」ヴォージェル中尉は、振り返らずに私に話し掛けます。
「個人的には疑いたくないのですが、貴方の認証コードで発信された暗号通信を見てしまったので、疑わざるを得ません。」私は答えました。
「あれはね、小説を書く為の実験なのです。」中尉は、意外な答えをしました。
「小説ですって?」
「そうなんです。僕は今、スパイ小説を書いています。そこで暗号通信を使うので、科学ステーションから自分の部屋に,僕の考案した暗号で通信を送って実験しました。保安部はまだ内容を解読していないみたいですが、解読が終れば、とりあえず容疑は晴れると思いますよ。」
「何故ですか?」
「あの暗号通信の内容は、古代オリエントの詩だからです。信じてくださいますか?」
「個人的には、信じます。保安部員としては、証拠が出るまで信じられません。」
「有難う、嬉しいですよ。」と言って、彼は保安部の部屋に入りました。
事情聴取でも、彼は私に言ったのと同じ事を繰り返しました。質問をしていたカプラン大尉が、「いい加減な事を言うな!」と怒鳴りつける場面もありましたが、ヴォージェル中尉の主張は変りません。事情聴取が始まって30分後に、暗号解読の結果が出ました。
結果は彼の主張通り、古代オリエントの「イナンナの歌」の連邦標準語訳です。
彼は厳重注意された後で、釈放されました。
「でも、これは自分から容疑をそらすための手かもしれないわね。カーデシア人は油断出来ないわ。」イア・タキア少尉は言いました。
私は反対したのですが、保安部のミーティングで、彼を「泳がせる」事が決まってしまいました。
秘密というのは何処かから漏れてしまうものらしく、彼が機密漏洩容疑で取調べを受けたということは、艦内にあっという間に広がりました。事情聴取のあった日の晩から、彼は1人でラウンジに来て、食事をするようになりました。
それから2日目、非番になったランチの時間に、私はラウンジへ行きました。
ヴォージェル中尉は、相変わらず1人で食事をしています。
「今日は、ヴォージェル中尉。」と声を掛けると、彼は顔を上げました。
「ご一緒してもいいですか?」
「僕の事なら、気にしなくていいんですよ、疑われるのには慣れています。」と言って、ヴォージェル中尉は力なく笑いました。
「友達と一緒に食事したいと思ってはいけないの?」私が大声を出したので、ヴォージェル中尉も、周りの人も驚いたようです。
「友達だと思ってくれるのですか?」
「勿論よ。」と言って、私は彼の向かい側に腰を下ろして、パンケーキを注文しました。
「有難う。済みません、誤解していたようです。」
「分ってくださればいいのです。ところで、疑われるのに慣れているって、どういう事ですか?」
「カーデシアと連邦が揉める度に、僕は周りの人にスパイ扱いされました。しかし誤解が解ければ、それまで同様とまではいきませんが、仲良くしてくれましたからね。気にしない事にしたのです。」
事も無げに、ヴォージェル中尉は言いました。
「どうして怒らないの?何もしていないのに、スパイ扱いされたのよ。」話を聞いているうちに、私の方が腹立たしくなってきます。
「最初の頃は怒っていたのですがね、立場を悪くするだけなんですよ。だから笑ってやり過ごす事にしました。」いつもの微笑を浮かべて彼は言うので、私は何も言えませんでした。
「有難う、貴女はいい方ですね。」彼は続けます。
「しかし、今回はそうは行きませんよ、下手をすれば軍法会議ですからね。」私は気まずくなって、話題を変えました。
「僕もそう思います。だから、自分でも調べているのです。科学ステーションで、通信を分析しています。」
「何かありましたか?」と私が尋ねた時に、
「流石はカーデシア人だな、もう女をたぶらかしたのか?」という声が、会話に割り込んで来ました.声のした方を見ると、ベイジョー人機関部員のシルコ少尉でした。
「たぶらかした訳じゃありませんよ、彼女は、友人として一緒にいてくれているだけです。」
ヴォージェル中尉は、至って冷静に答えます。
「どうだかな、お前が何を言っても信じないぞ。お前の母親の家系は、ガルやレガートを何人も出している名門だそうじゃないか。俺たちベイジョー人を苦しめたやつらの同類だ。」これには、私も驚きました。ヴォージェル中尉はわずかに目を見開いてから、
「そうなんですか?知りませんでした。」と答えました。
「嘘をつくな、知らない筈が無いだろう!」シルコ少尉は声を荒げますが、
「本当です。僕の母は、父と結婚した時点で家族に縁を切られてしまいましてね。それ以来、実家とは音信不通ですよ。母から家族の話を聞いたことも有りませんしね。」
「ふん!」と言って、シルコ少尉は私たちに背を向けて歩き出しました。
「待った、彼女に謝罪して下さい。」という中尉の声も、完全に無視してラウンジを出て行きます。
「今の話は本当ですか?」私はヴォージェル中尉に聞きます。
「本当も何も、僕は知らないのです。」彼は当惑気味に答えました。
私は食事が終ると、すぐに保安部に行ってみました。イア・タキア少尉がコンピューターの前に座っていて、
「いい所に来たわね。新しい事実が分ったのよ。」と言います。
「彼の母親は、カーデシアでも名門の家系の出身らしいの。父親はガルで、レガートをしている身内もいるらしいわ。彼がカーデシアへの忠誠心を植え付けられていて、スパイ行為をしたとしても不思議じゃないわね。」
「その話はもう聞いたわ。」と、私は言いました。
「誰から?」イア少尉は驚いた様子です。
「機関部のシルコ少尉が、私とヴォージェル中尉が食事をしている時に、ラウンジでそう言ったの。」
「変ねえ。」少尉は首をかしげます。「これは1時間前に判明した事で、貴女みたいに保安部員でも知らない人がいるのよ。どうして機関部の少尉が知っていたのかしら。」
「本人に聞いて来るわ。」私は機関部へ行こうとしたのですが、
「待って、貴女が聞いても多分教えてくれないわよ。ヴォージェル中尉の味方だと思われているでしょうからね。私が聞いてみるわ。」と言って、イア少尉は機関部へ向かいました。
結果ははかばかしくありません。シルコ少尉は、保安部の制服を着た2人が立ち話をしているのを聞いたと主張したそうです。この件は、ヴォージェル中尉の立場をさらに悪くしただけでした。
機密漏洩を行っている者をつきとめる為に、保安部ではおとり捜査をする事が決定しました。機密情報が艦隊本部から送られて来たように偽装して、プロテクトされたデータの中に、「信号」となるものを埋め込んでおきます。そのデータが通信回線を通ると、警報が艦内に鳴り響くように設定したのです。
1日が何事もなく過ぎました。2日目も警報は鳴りませんでした。3日目も同様だったので、保安部員もデータの漏洩を諦めたのかと思い始めました。しかし、4日目の2354時に、ついに警報が鳴りました。そしてデータ経路を辿ってみると、ヴォージェル中尉の私室にたどり着いたのです!私の頭は、騙されたという思いでいっぱいになりました。
「私に行かせて下さい!」キリノ大尉に私は申請し、カプラン大尉と共に彼の私室に向かいました。
「ヴォージェル中尉、開けなさい!」とドアチャイムを鳴らして言ったのですが、返答が有りません。保安部の緊急コードでドアロックを解除して中に入ると、部屋には誰もいませんでした。
「全エアロックを封鎖しろ!」カプラン大尉が指示します。
「コンピューター、ヴォージェル中尉の現在位置は?」無駄とは思いますが、確認してみました。
「第2ホロデッキです。」意外にも、返事が返って来ました。第2ホロデッキへ急行します。
ホロデッキの自動ドアが開くと、そこは一面の銀世界でした。
「どうしたんですか、ディーコン少尉?」ヴォージェル中尉が雪玉を転がしながら、こちらへ歩いてきました。
「・・・何をしているの?」
「雪だるまを作っています。昔からの夢だったんです。環境制御装置がだいたい完成したので、実験も兼ねてね。カプラン大尉も、どうしたのですか?こんな夜中に。」
「君を、機密漏洩の容疑で逮捕する。」カプラン大尉は、事務的に言いました。
「何ですって?」
「とぼけても無駄だ。君の自室のコンピューターで、機密データのダミーのプロテクトを外して、外部に送信した事は判明している。」
「それは何時ごろでしょうか?」驚いた顔をしながらも、冷静にヴォージェル中尉は質問します。
「プロテクトが外された時間は不明だが、データが外部に送信されたのは、2354時だ。」
「僕は2230時からここにいましたよ。」
「それについては、保安部で聞かせてもらう。」カプラン大尉は言って、彼の肩に手を置いて連行しました。
保安部での尋問でヴォージェル中尉は、自分はホロデッキにいて、データの送信には全く関与していないと主張しました。
「私のコンピューターを調べて下さい。」ヴォージェル中尉は言います。
「誰かが、私のいない間に細工をしてデータを送信したのです。」
「この期に及んで、白々しいわよね。」モニターで見ていたキル=タルカ候補生は言いました。
「でも、そういう可能性も有るわ、一応調べてみましょう。」キリノ大尉はユアズ中尉にコンピューターの調査を指示しました。
それから2時間尋問が続きましたが、ヴォージェル中尉は「知らない」の一点張りです。
「どうだったの?」キリノ大尉は、調査を終えたユアズ中尉に尋ねました。
「ヴォージェル中尉の部屋のコンピューターには、ある一定の時間になると、入力してあったデータが外部に送信されるプログラムが入っていました。データは、アイソルニア・ロッドから、2046時にメインメモリーにインストールされています。」
「彼がした事にも、他の人間がした事にも見えるわね。」キリノ大尉は言います。
「それは、ヴォージェル中尉のした事ではないと思います。」と私が発言したので、みんなが振り返りました。
「根拠は?」
「2045時まで、私は彼と食事をしていました。」
「1分で部屋に戻って、メモリーにデータを入れるのは無理ですね。」コーダ中尉は考えながら言いました。
私のアリバイ証言が決め手となって、ヴォージェル中尉はとりあえず釈放されました。
しかし、彼の立場が最悪である事に変りはありません。
「部屋まで送ります。」私はヴォージェル中尉に言いました。
すれ違う人は、みんな疑惑の目で中尉を見ています。ひそひそ話をする人もいました。
「僕に近づかない方がいいと思いますよ。」彼は心配そうな口調で私に言いました。
「どうして?保安部員だから嫌なのですか?それとも、ベイジョー人だから?」
「どちらでもありませんよ。僕と親しくしていると、貴女まで疑われてしまいます。それが心配なのです。」
「いいこと、ヴォージェル中尉。」私は無性に腹が立ってきました。
「私の事なんか心配しないで、自分の事を心配しなさいよ。このままだと何もしていないのに軍法会議よ。」
「何もしていないと思ってくれるんですか?」驚いた表情で、彼は言います。
「ええ、アリバイ作りに雪だるまを作るようなスパイはいないでしょうからね。」
彼が答えようとした時に、「ヴォージェル中尉、作戦室に出頭して下さい。」という放送が入りました。
ヴォージェル中尉はそこから直接作戦室に向かい、私はブリッジの前の自動ドアで待ちました。彼は2分後に出てきました。
「何だったのですか?」
「僕が任務に就いているとクルーが動揺するので、暫く自室に待機せよとの事でした。」
平然とした顔で、中尉は言います。
「そんなのひどいわ。」
「僕は、艦長の判断は適切だと思いますね。この機会に艦長にお願いして、最近1ヶ月の通信記録を僕の部屋のコンピューターに転送する許可を貰いました。それを待機中に分析するつもりです。」部屋に向かって歩きながら、ヴォージェル中尉は話します。
「私も非番になったら手伝いますね。」
「有難う、では、また後で。」と言ってカーデシア式の会釈をする彼の前で、部屋の自動ドアが閉まりました。
#5 急展開
それから4時間後に私は非番になったので、ヴォージェル中尉の部屋へ行きました。
彼の部屋の前には保安部員が2人立っていて、入室の目的を聞かれました。
「やあ、いらっしゃい。」彼はにこやかに迎えてくれるのですが、
「まるで犯罪者扱いじゃないの。人権侵害だわ。」私は不機嫌でした。
「仕方ないですよ、僕は『限りなく黒に近い』ですからね。しかしやっと目鼻が付いてきたので、気分はいいですよ。」気が付くと、部屋の中には通信のノイズの音が響いています。
「通信の本文を消して、コックレーン・ノイズだけにしてみました。」彼は、カップにお茶を注ぎながら言います。
「そうしたら、機密漏洩があったと思われる時期にノイズのパターンが違う部分がある事が分ったのです。」彼は、その部分のノイズを再生してくれました。
「本当ね、全然違うわ。」
「判明している機密漏洩の回数と、ノイズのパターンが変化している回数も一致しますしね。後は、このノイズの暗号を解くだけです。」
と言って、彼はコンピューターに向かいました。それから1時間半、彼と一緒に知っている限りの連邦とカーデシアのコードでノイズを解析しようとしたのですが、どのコードにも対応しません。
「やはり、只のノイズなのでしょうか?」ヴォージェル中尉は首をかしげます。
「そんな事は無いと思います。連邦非加盟惑星のコードでやってみましょう。」私は彼を励ましました。
「じゃあ、試しにベイジョーのコードを入れてみましょう。」中尉は、再び作業を開始しました。しかし、どのベイジョーのコードにも対応しませんでした。
「次は、メガラのコードを試してみます。」と中尉が言った時に、私の頭に恐ろしい考えが浮びました。しかし、試してみるしかありません。
「待ってください、中尉。」と、私は言います。「ベイジョーのコードで、まだ試していない物が一つあります。それを私の部屋から取って来ますから、暫く待ってください。」
「分りました。」私は急ぎ足で部屋に戻り、アイソルニア・ロッドを取って来ました。
そのコードでノイズを解析すると、漏洩した機密情報が画面に現れました。あまりの事に、私は眩暈がしてきました。
「どうしました、大丈夫ですか?」心配してくれる中尉の声も、遠く聞こえます。
彼は私を手近な椅子に座らせて、水の入ったコップを渡してくれました。その水を飲んで、やっと理性が戻ってきました。
「あれは、どういうコードだったのですか?」ヴォージェル中尉に聞かれます。
「あれは、『シャカール』で使われていたコードです。母がレジスタンスに入るつもりだった私にくれた形見です。」私は抑揚のない声で答えました。「信じられない、『シャカール』のメンバーがベイジョーを裏切るなんて・・・」
「誰かがコードを使っただけかもしれません、『シャカール』のメンバーの仕業と決め付けるのは早いですよ。とにかく報告しましょう。」中尉に促されたので、
「ディーコンよりキリノ大尉。」と、通信を送りました。
「こちらキリノ。」
「機密漏洩の手段が判明しました。犯人は、コックレーン・ノイズを変調させて、通信に紛れ込ませていたのです。『シャカール』の通信コードで解読する事が出来ました。」
「分りました、データをこちらに転送して下さい。貴女には不本意でしょうが艦内のベイジョー人クルーを、」キリノ大尉の言葉が止まります。
「どうしました?」ヴォージェル中尉が尋ねます。
「無許可でシャトルが発信しました。」
「シャトルクラフト『パウリ』!直ちに停船せよ!」テ=クウォー副長が警告します。
「駄目です、停船しません。」
「トラクタービームで捕捉して!」艦長の声がオープンになった通信から聞こえます。
「捕捉完了!中にいるのはベイジョー人です。」エルグ少佐が言いました。
「乗員に告ぐ!逃げられないわよ、エンジンを停止しなさい!」再び艦長の警告が聞こえます。
「エンジンが最大出力で稼動しています。このままでは、3分47秒以内にオーバーロードして爆発します。」副長が報告しました。
「エンジンを止めなさい!」
「無駄です、艦長。」副長は冷静に言いました。「『パウリ』は恒星から50万キロの距離に停止している上に、生命維持装置を切っています。おそらく中の温度は150℃以上でしょう。乗員は意識不明になっていると考えるのが論理的です。」
「艦長!」黙って聞いていたヴォージェル中尉が通信に割り込みました。
「私をシャトルへ転送して下さい。私なら、意識を失わずにエンジンを止められます!」
しばらくの沈黙の後、「第2転送室へ急いで出頭して。」と艦長は言いました。
ヴォージェル中尉は机の引出しから小さな装置を取り出してから、駆け足で転送室へ向かいます。私も同行しました。
彼が転送台に乗ると同時に、ラル中尉がパネルを操作します。
「気をつけて!」という私の言葉が最後まで終らないうちに、ヴォージェル中尉は非実体化しました。
その後の時間は、1秒が1時間にも感じられました。
「エンジンが停止しました。」というエルグ少佐の声が聞こえた時には、体中から力が抜けたような気がしました。
#6 重い結末
「ヴォージェルよりジュニアス。こちらの生命維持装置を作動させましたが、シルコ少尉は重度の熱中症です。シャトルベイに医療スタッフを待機させて下さい。」という通信が入りました。
「パウリ」は第2シャトルベイに収容され、シルコ少尉は医療スタッフに委ねられます。
彼の看護にあたっていたハタック大尉が、
「彼が助かったのが不思議な位です。あれだけの高熱にさらされたのでは、死亡してもおかしくありません。」と言います。
「これで体を冷やしたのが良かったのかもしれませんね。」ヴォージェル中尉は言って、シルコ少尉の胸の上に置いてあった装置を外しました。
「それは?」ハタック大尉が尋ねます。
「私が開発した、個人用ポータブル環境制御装置です。本来は、私や貴方のような高温惑星出身者用に作った物ですが、今回は18度に設定して、フル稼働させました。オーバーヒートして壊れたようですが、設計図は残っていますから、また作れます。」
「興味深いお話ですね。後で詳しく聞かせて下さい。」ハタック大尉はそれ以降、治療に専念しました。
医療室に着くと、トモリン中佐が治療ベッドを準備して待っています。
中佐の適切な治療のおかげで、シルコ少尉は2時間後に意識を取り戻しました。
キリノ大尉が取り調べをする事になり、私も同行させて貰える事になりました。シルコ少尉の希望で、ヴォージェル中尉も呼ばれました。
「どうして俺を助けたんだ?」それが、シルコ少尉の第一声でした。
「クルーの中で、私が一番耐熱温度が高かったからですよ。」中尉は答えました。
「どうして死なせてくれなかったんだ・・・」消え入りそうな声で、少尉は言いました。
「どうしてあんな事をしたの?カーデシアに機密を漏らすなんて、ベイジョーに対する裏切り行為よ。」と私が言っても、何も答えません。
「何とか言いなさいよ!」と言う私を手で制したのは、ヴォージェル中尉でした。キリノ大尉は、少し離れた場所で先ほど送られて来た情報を見ています。
「そんなに怒らないで下さい。彼は多分、家族の事で脅迫されたのでしょうから。」と彼が言うと、シルコ少尉はぎょっとしました。
「どうして知っているんだ?」
「誰かに絶対に言う事を聞かせたいと思った場合には、その人間の最も大事に思っているだろうと思うもので脅迫するのが普通です。カーデシア人にとって一番大事なのは、家族ですからね。」
「・・・カーデシアの収容所にいる弟を、ベイジョーに帰してやるって言われたんだ。だが発覚したら、弟の命は無いものと思え、とも言われた。もうおしまいだよ。」空ろな表情で、シルコ少尉は言います。
「それは違うわ、シルコ少尉。」キリノ大尉が、持っていたデータパッドをシルコ少尉に見せました。
「DS9の保安チーフからの情報によると、貴方の弟さんは、2年前に収容所から脱走しようとして射殺されています。」
「そんな・・・俺は確かに、あいつの姿を見せられたんだ!」
「それは合成映像だったのよ。家宅捜索で押収した映像を分析した結果、合成だと判明しました。」
彼は弟の名前を呼びながら泣き叫んで、手の付けられない状態になりました。ハタック大尉が彼に鎮静剤のハイポスプレーを打ち、3時間の面会謝絶を私たちに告げました。
私たちは重苦しい気分で、医療室を後にしました。
「・・・ラウンジに行きませんか?」ヴォージェル中尉が、ぽつりと言いました。
「そうね。」
「私は仕事があるから、遠慮するわ。でも、これだけは言っておきたいの。貴方を容疑者にしてしまって、済みませんでした。私も貴方の外見がカーデシア人にそっくりだから、先入観を持ってしまったみたいね。」と、キリノ大尉は言って、保安部へ歩いて行きました。
ラウンジへ行く途中で、イア・タキア少尉に会いました。彼女もヴォージェル中尉にお詫びを言いました。「御免なさい。貴方はカーデシア人ではないのに、カーデシア人に見えて、疑ってしまったようです。」
#7 その後・・・・
ラウンジに着くと、私たちは空いているテーブルに向かい合って座り、彼はレッドリーフ・ティーを、私はガビラン・ティーを頼みました。
出された飲み物を、私たちは暫くの間ゆっくりとすすりました。
「有難う、ディーコン少尉。」ヴォージェル中尉は言います。
「貴女が友達だと言ってくれたから、私はとても心強かったんですよ。」
「こんな時だけど、お願いが有ります。」私は言いました。
「友達だと思ってくれるなら、私の事はパルラと呼んでくれませんか?敬語もプライベートでは使わないことにしましょう。」
「分ったよ、パルラ。僕の事は、エナブランと呼んでくれないか?」
「分ったわ、エナブラン。」私たちは久し振りに、心からの笑顔を浮かべる事が出来ました。
「それから半年後に、エナブランは古代ベイジョー語と、古代ヴァラガシ語と、連邦標準語で私にプロポーズし、私はイエスと答えました。私の親族と随分揉めたものの、何とか結婚式をカーデシア・ベイジョー・地球の折衷で挙げる事が出来ました。それ以降は、半年に1度位の割合で勃発する夫婦喧嘩の時以外は、おおむね平和に暮らしています。今はとても幸せです。」
「と、これでいいわ。エナブラン!ちょっと文章を見てくれない?女性電子雑誌に投稿するのよ。」
「君は保安部員としては優秀だけど、文章は今ひとつだからなあ。」
「何よ、自分の小説が売れるようになったからって、威張らないで。」
「はいはい、今そちらに参りますよ、奥様。」