ちょっとした騒動
STAR TREK Next Generation
Written by ELIM
#1 突然の逮捕劇

「ただ今!」パルラが帰ってきました。

「お帰り、パルラ。丁度オーブンに入れるところだったんだよ。祖母に教わった南フランスの家庭料理だ。」

「フランス料理?ちょっと重いわね。」彼女はちょっとお疲れモードです。

「大丈夫だよ、トマトのタルトだから。仕事は上手くいったのかい?」

「友好条約の調印式は、無事に終ったわ。テロリストが来るんじゃないかと心配していたけど。でも、ミルエの高官の中には、嫌な顔をしている人もいたわ。」

「それは良かったね。」と言いながら、私はオーブンにタルトを入れました。

「貴方は?オフを有意義に過ごせたの、エナブラン?」リビングの椅子に座りながら、パルラは聞きます。

「ああ、有意義だったよ。パンの耳で作るイタリア風ケーキのレシピを研究していたんだ。3種類位作ってみたよ。食べてみるかい?」

「貴方っていつでも研究しているのね。食後に頂くわ。喉がカラカラなの、お茶が欲しいわね。」と、パルラが言うので、私はアールグレイを淹れて、パルラと世間話を始めました。

あと3分でタルトが焼き上がるという時に、ドアチャイムが鳴りました。

「はーい。」と言ってドアを開けると、ミルエの警察官が立っています。

「家宅捜索をさせて貰う。艦長の許可は取ってある。」と言って、部屋に押し入って来ました。部屋の中じゅうひっくり返して、何かを探しています。

「何があったのか教えて頂けませんか?」と尋ねると、

「王家に伝わる由緒ある腕輪が盗まれた。王家は神の子孫とされているから、ミルエ人で王家の物を盗む人間はいない。連邦の人間としか考えられないんだ。」と、責任者らしい男性が言いました。

「見つかりました、主任!」と言って、警察官の1人が引出しから古めかしいデザインの腕輪を取り出しました。

「ディーコン・パルラ・ヴォージェル。王家に対する不敬罪で逮捕する。」と言って、主任と呼ばれた男性はパルラに手錠をかけました。

「ちょっと待って下さい、主任!」と、私は言いました。

「パルラは、帰って来てからその引出しは開けていませんし、第一、アンティークの知識も宝石の知識も無いんです。そんな物を盗むはずが有りませんよ。」抗議したのですが、

「君の発言は、君に不利な証拠として扱われる。」と、逮捕手続きをどんどん進めます。

「連れて行け。」

「ちょっと待って下さい!」私はもう一度言いました。そして、容器に昼間焼いたケーキを詰めて、パルラに渡しました。

「彼女は夕食を食べていないのです。これ位いいでしょう?」

「まあ、いいだろう。」

「大丈夫よ、エナブラン。こんなバカな冤罪は、すぐに晴れるわよ。」パルラは笑顔を見せます。「食べてみて、どのレシピがいいか批評するわね。」と言い残して、彼女は連行されて行きました。

#2 捜査開始!

 私はトリコーダーで部屋を調べてから、保安部へ向かいました。

「キリノ大尉、お願いが有ります。」大尉の顔を見るのと同時に、私は言います。

「私も今聞いたわ。安心して、貴方の奥さんは必ず助けるわ。」

「いえ、それも有るのですが、ミルエの警視総監と話をさせて頂きたいのです。あの星は拷問や晒し刑が横行していますし、王家への不敬罪は死刑も有り得ますからね。牽制しておかないと。」

「貴方がそうしたいと言うなら。」と言って、キリノ大尉は警視総監にコンタクトを取ってくれます。

下の階級から上の階級の警官に取次を繰り返して、警視総監がビューアーに出てきたのは5分後でした。

「私は忙しいんだ。話をしたいというなら、手短にしてくれ。」不機嫌そうなミルエ人の初老の男性が、画面に現れます。私は出来るだけ冷酷そうな顔をして、ビューアーの前に立ちました。

「カーデシア人じゃないか。何故こんな所にいるんだ?」

「私は只のカーデシア人ではない。」私は可能な限り冷たい声で言い放ちました。

「ガル・プリンの孫にして、レガート・プリンを大叔父に持つ者。そして、ディーコン・パルラ・ヴォージェルの配偶者だ。」

「何ですって?」警視総監の態度が、一変します。

「私は妻に対する人道的な扱いと、完璧に正しい裁判を要求する。彼女を晒し者にしたり、拷問を加えたり、正式な手続きを取らずに処刑したりした場合には、デタパ評議会に働きかけて、ミルエ星に外交圧力を掛けさせるから、覚悟しておけ。どうだ、分かったか?」

「わ、分かりました。直ちに待遇改善を致します。」

「それなら結構だ。通信を終了する。」と言って、私は通信を切りました。

「見事な牽制だったわね。」キリノ大尉は言います。「この星はカーデシア領域に近いし、カーデシアの顔色を伺っている者も大勢いるから、これでパルラにおかしな事はしないでしょう。」

「貴方にこんな特技が有るとは思わなかったわ。声だけ聞いていると、カーデシアのガルかと思ったわよ。」イア・タキア少尉にも言われます。

「小説の真似をしただけですよ。ところでキリノ大尉、もう一つお願いが有ります。今回の事件の鑑識班に、私も加えて下さい。黙って見ているだけなんて耐えられません。」

「こういう時には、関係者は捜査に加われない事になっているのよ。」

「分かっています。科学士官として、私情を挟まない分析をすると誓いますから、是非お願いしたいのです。」無駄とは思いますが、一応頼んでみました。

「捜査に加わる動機が私情じゃないの。ギーヴ少佐!」キリノ大尉は、通信バッジを叩いて言いました。

「ディーコン少尉の件で、鑑識をしてくれる人が必要なのです。そちらは大忙しでしょう?

唯一暇そうなヴォージェル中尉を貸して頂きたいのですが。」

「『トゥ・ニラ』から送られて来たデータの解析で忙しいが、人手を割けないほどじゃ・・」

「お忙しいでしょう?」キリノ大尉は、重ねて言います。

「ああ、忙しいよ。ヴォージェル中尉はそちらに貸すから、好きなだけこき使ってやってくれ。ケン少佐には、私から話しておくよ。通信終了。」

「さて、分析にかかって貰いましょうか?」私の方を振り返って、キリノ大尉は言いました。

「有難う御座います、大尉。実は、トリコーダーで簡単な分析は行っておいたのです。」

と言って、私はスキャン結果を見せました。

「部屋の中に、異常な静電気が発生しているわね。」

「恐らく、転送によるものと思われます。」

「誰かが貴方たちの部屋に腕輪を転送して、盗難事件をでっち上げたという訳?でも、あの星にはそんなに精密に転送を行える技術は無いわ。」大尉は、首をかしげます。

「どこか別の星の人間を雇ったのかもしれませんね。」カプラン大尉が言いました。

 私達の部屋をもう一度徹底的に分析し、2400時まで捜査会議をして、その日は終りました。誰もいない部屋に帰り、冷え切ったトマトのタルトで夕食を済ませて、パジャマに着替えました。ベッドに入ろうとしたのですが、留置所の冷たいベッドで眠っているパルラの事を思うと、ベッドで眠る気にはなれませんでした。再び制服に着替え、リビングの椅子を並べて、毛布をかぶって眠る事にします。寒くて固いので、よく眠れません。明け方近くに起き出して、彼女の好きなベイジョー風シチューを作りました。

#3 パルラとの再会

 次の朝、ケン少佐と共にパルラの拘留されている中央警察署に転送降下しました。

「連邦の保安士官です。ディーコン・パルラ・ヴォージェルに面会したいのですが。」ケン少佐が言うと、担当の警察官は敵意に満ちた目でこちらを見てから、面会手続きを取ります。警察官立会いの下で、パルラと面会する事になりました。同席するのは、パルラを連行した責任者のレンノ主任警部です。面会室の扉が開き、私は11時間ぶりに彼女の顔を見る事ができました。思ったより顔色もいいので、安心しました。

パルラが驚いた顔で私を見るので、

「今回の捜査で鑑識を勤めるヴォージェル中尉です。」と先手を打つと、ちょっと白っぽい目で私を見てから、

「事情聴取ですね、ケン少佐?」と、少佐の方に向き直りました。少佐が彼女に質問しているのを聞いていると、

「君は容疑者と同じ姓だが、関係者か?」と、レンノ主任に聞かれました。

「配偶者ですよ。」

「連邦は、情実で捜査をするつもりなのか?身内を捜査班に入れるとはな。」

「調査船からのデータの解析に手を取られていて、私しか動ける人間がいなかったのです。私情を挟まない分析を行うと宣誓もしましたしね。」私は答えました。

パルラは、盗難事件には全く関与していないと主張しています。

「事情はよく分かった。鑑識担当者にも説明してくれ。」ケン少佐は、私の方へ振り返りました。

「貴女の任務中の行動を、順を追って説明して下さい。」と言って、私はケン少佐に替わって彼女の向かい側の椅子に座りました。

 パルラの主張によると、彼女は外交使節を護衛しながら旧王宮の中に入り、中央回廊を通って、儀式の間に入りました。その後は決められていた所定の位置に着き、調印式が済んだ後で再び中央回廊を通って外に出たそうです。その時に見た物や、立っていた詳しい位置を聞き、データパッドに入力して、質問を終えました。

「身内として接見してもいいですか?」と後ろにいた2人に聞くと、どちらも黙って頷きます。私はテーブル越しにパルラを抱きしめました。

「止めてよ、恥ずかしいわ。」と、彼女は言ってもがきますが、黙って30秒位そのままでいました。

「いいじゃないか、夫婦なんだから。」パルラを離して答えると、

「捜査班に入るなんて、どんなずるい手を使ったの?」と言って、私を睨みます。

「ずるい手だなんて。僕は何時だって正攻法で行くよ。」

「どうだか。」パルラは椅子に座りなおしました。

「大丈夫かい?」と尋ねると、

「昨日はしつこく『罪を認めろ』って言われて疲れたけど、それだけよ。カーデシア時代に比べたら、こんなのは何でもないわ。」気丈にも彼女は言いますが、私の手を握って離しません。

「でも、不思議なのよね。最初のうちは、『2、3日晒し台にいれば、気持も変わるだろう。』なんて言っていたのに、昨日の0900時頃から急にいい部屋に移されたのよ。」

「そうなのかい?良かったじゃないか。」と、私はとぼけました。

「貴方の作ったケーキね、左から3つ目の、一番水分が少ないのが美味しかったわ。他のは、べちゃっとしていてちょっとね。」

「分かったよ、その方向でレシピを研究する。君が出てきたら、改良版のレシピとトマトのタルトで夕食にしよう。」

「いいわね、ガビラン・ティーも付けましょうね。」パルラは、私をじっと見つめます。

暫く見つめ合っていると、後ろで咳払いがしました。

「面会時間は、もうじき終わりだぞ。」レンノ主任警部が言います。

「ああ、済みません。君の好きなベイジョー風シチューを作って来たんだよ。後で食べてみてくれ。」

「その前に、中を改めさせて貰う。」

「構いませんよ、怪しい物は入っていませんから。コント集も持ってきたんです。中身を改めてから、彼女に読ませてやって下さい。じゃ、また来るからね、パルラ。」と言って、彼女の手の甲に軽くキスをしてから、面会室の外に出ました。

#4 湧き上がる疑惑

「トマトのタルトだって?」ケン少佐に聞かれます。

「ええ、彼女に初めて食べさせる前に、連行されましたからね。」

「若い者はいいな。家の二の舞にならないように気をつけろよ。」

「はい、くれぐれも気をつけます。」

「そんな事を言っている場合か?彼女の死刑は確定したも同然だぞ。」レンノ主任警部は言いました。

「どういう事ですか?」

「彼女の部屋から腕輪が見つかっているし、盗む現場を目撃した者が、今日になって出頭して来たんだ。」

「その目撃者の話を聞かせて貰えませんか?」ケン少佐が頼むと、

「構わんよ、事態は変わらんだろうが。」と言って、主任警部は目撃者の住所を教えてくれました。

早速、その住所に転送降下し、事情を聞きます。

「私はこの目で見たんだ。あの女が、台座に屈み込んで腕輪を取り、持っていた黒いポーチに入れるのをな。あんな女は死刑になればいいんだ。」

「その時の状況を、詳しく聞かせて下さい。」と言って、私は目撃者が立っていた位置、彼女の様子などを詳しく聞いてから、

「ご協力有難う御座いました。」と言って、目撃者の家を後にしました。

「どうも本当の事を言っているようには見えなかったな。」ケン少佐は首を傾げます。

「嘘をついていますよ、確実にね。」私は言いました。

「ポーチの事だな。」

「はい、あのポーチはトリコーダーだけで一杯になってしまいますから、腕輪が入る余地は有りません。それに、彼の見ていた位置でパルラが盗みを働いたとすれば、他の者が見ていない筈がありません。監視カメラにも映ったでしょう。」

「監視カメラの映像が有れば、強力な証拠になるな。レンノ主任に会おう。」

私達は中央警察署に引き返し、コンピューターでシミュレーションして、パルラが盗んだなら他の目撃者もいただろうという事をレンノ主任警部に納得させました。

「分かった。他の目撃者も当たってみよう。監視カメラの映像が見たいって?」

「はい、是非お願いします。」

「手配しよう。」

私達は、映像資料室で、監視カメラの映像を見せて貰いました。しかし、タイムレコードが彼女の犯行時刻とされている所で、3分間途切れているのです。

「おかしいな、これは警備室から直接持って来たのに。」

「警備室の誰かが編集したのでしょうね。」と私が言うと、

「そんな馬鹿な!旧王宮の警備に当たっているのは、優秀で信頼のおける警官ばかりなんだぞ。」レンノ主任は躍起になって否定しました。

「それでも、警備の警官の方しか編集できる人はいませんよ。」

この発見で、中央警察署は大騒ぎになりました。内部調査をする事が決定し、私達は早々に追い出されました。

#5 時間との戦い

 ジュニアスに帰り、保安部に立ち寄ってみると、厳しい表情のキリノ大尉が待っていました。

「あまり状況は良くないわね。8日間が勝負よ。」

「どういう事でしょうか?」

「ミルエ星のメディアを受信していたんだけれど、パルラの事を最悪に言っているのよ。

死刑にすればいいっていう意見が大半を占めているの。裁判になって、陪審員に判定を任せられたら、彼女は確実に死刑になってしまうわ。起訴の準備期間中の8日間に、事件を解決しなければいけない。」

「分かりました。腕輪を転送したと思われる転送機ですが、恐らくこの惑星の物ではないでしょう。この惑星には、転送機は数える程しか有りません。一台ずつ当たりましょう。」

「技術者に一台一台見せるわけ?」

「いえ、考えが有ります。」私は説明を始めました。

「この星の転送機には、必ず使われている合金が有ります。その反応が無い転送機を、ジュニアスのセンサーで割り出します。」

「すぐにかかってちょうだい。」

私はセンサーの調整をしました。調整が終ったセンサーで惑星をスキャンすると、北半球の中規模の都市、タスプ市で目的の転送機の反応が有りました。

「ヴォージェルよりケン少佐。」

「ケン少佐は、ミルエ星に降りています。」キリノ大尉が、通信に出ました。

「例の物を見つけました。北半球のタスプ市です。」

「詳しい座標を教えてちょうだい。すぐに転送降下するわ。」

私は座標を連絡し、キリノ大尉からの連絡を待ちました。

10分後に、

「キリノよりジュニアス。」と、連絡が入りました。

「こちらジュニアス。」艦長が答えます。

「腕輪の転送に使われたと思われる転送機を発見しました。」

「それは良かったわね。」

「良くない知らせも有ります。転送機の付近で、射殺されたイリディアン人の死体を発見しました。」

艦内が静まりかえりました。

「イリディアン人の死体と、転送機をこちらに収容して下さい。詳しく分析させます。」

艦長は言いました。捜査は振り出しに戻ったようです。

私はラボで、収容された転送機の分析をしました。色々な惑星で作られた部品の寄せ集めで出来た転送機ですが、70.4%がカーデシア製の部品でした。

徹夜で分析を終え、報告書を書いていると、耳元で誰かの声がします。

「ヴォージェル中尉、ヴォージェル中尉!」艦長の声だと気付くのに、暫く時間がかかりました。

「済みません、何でしょうか?」

「貴方は少し働きすぎよ。2時間の休憩を命じます。」

「分かりました。ディーコン少尉に面会して来ても宜しいでしょうか?」

「認めます。」

私は改訂版のレシピでパンの耳のケーキを作り、箱に入れて、中央警察署に転送降下しました。

「ディーコン・パルラ・ヴォージェルに面会したいのですが。」

前と同じ警官が、仏頂面で面会手続きを取ってくれました。

「今日は鑑識として来たのか?それとも身内としてか?」レンノ主任に聞かれました。

「身内としてですよ。改訂版のレシピの味見をして貰おうと思いましてね。」警察署の廊下を歩きながら、私は答えました。

「あんたもまめな男だな。俺の女房よりまめだよ。」

「それはどうも。」と言いながら、面会室に入りました。

「あら、来てくれたの?」パルラは元気そうにしていますが、目の下に隈を作っています。

私は彼女を抱きしめましたが、今日は抵抗しませんでした。

「よく眠れなかったのかい?」と聞くと、

「枕が合わなかったみたいね。」彼女は答えました。

私は彼女の手を握りました。

「ケン少佐から聞いたと思うけど、僕達の部屋に腕輪を転送したと思われる転送機が見つかったんだ。しかし、その傍には撃ち殺されたイリディアン人の死体も有ってね。」

「誰かがイリディアン人を雇って転送させて、口封じをした訳ね。」パルラは、考えながら言います。

「私も考えていたんだけど、私に罪を着せたのは、ミルエ星の政府高官の誰かじゃないかと思うのよ。」

「そうだね。テロリストでは、転送機やイリディアン人を用意出来ないだろう。」

「連邦とではなく、カーデシアと協定を結びたい人がした事じゃないかしら。」

「そうか、僕達は今まで直接の犯人を探していたけれど、黒幕も調べてみた方がいいだろうね。帰ったらキリノ大尉に連絡するよ。」(ケン少佐はミルエ星との折衝に、キリノ大尉はジュニアスでの捜査活動に当たっていました。)

「そうしてちょうだい、コント集も読み終わっちゃって、退屈なのよ。」パルラは、うんざりした表情で言いました。

「君がそう言うと思って、新しい本を持ってきたんだ。新作のケーキもね。確認してください。」私はレンノ主任にデータパッドとケーキの箱を渡しました。

「何ていう題名の本ですか?」パルラが聞きます。

「アガサ・クリスティ作『動く指』とか書いてあるぞ。」主任警部がハンディ翻訳機を通して、題名を読みました。

「ずいぶん古い本を持って来たのね。」

「その方が心が安らぐかと思って。」

その後10分程、事件の話と世間話をし、彼女の額にキスをしてから、私は面会室を出ました。

「彼女は枕が合わないなんて言っていたがな。」部屋を出た途端に、レンノ主任は言います。

「政府から特別に派遣された捜査官に夜通し尋問されて、殆ど寝ていないんだ。俺も見ていたが、あれは尋問なんてものじゃなかった。ひたすら自白しろの一点張りなんだよ。」

「そんな事じゃないかと思っていました。」

「政府に調査班が出来て、我々は捜査から外されたんだ。しかし、これは俺の事件だからな。1人でも調べるよ。」

「有難う御座います。他の目撃者は見つかりましたか?」

「いや、見つからない。唯一の目撃者の証言も曖昧なんだ。しかし、矛盾点をついても、絶対に供述を翻そうとしない。誰か後ろにいるようだな。」

「映像を編集した方は見つかりましたか?」

「それもまだだ。しかし、必ず見つけてみせるよ。この事件はどうもおかしい。あんたの奥さんは盗みを働くような人間には見えないし、詳しく調べようとすると上から圧力がかかるしな。」主任警部は、無念そうな表情で言いました。

「そういう人間に見えなくて当然ですよ。やっていないのですからね。」

「あんたは奥さんを信じきっているんだな。」

「彼女はああいう腕輪を手に取ったとしても、『あら、古い腕輪ね。』と言って元に戻してしまうような人間ですからね。」

「確かに、そんな感じの人に見えるな。」と言いながら、私達は警察署の外に出ました。

「身辺に気をつけて下さいね。政府高官が黒幕となると、危険です。」

「ああ、分かっているよ。」レンノ主任は手を振ってくれます。何か有ったらレンノ主任警部の家で会う約束をして、私はその場から転送でジュニアスに戻りました。

 転送台から降りると、私はその足で保安部に向かいました。保安部の部屋に入ると、心配そうなキリノ大尉がいました。

「パルラの様子はどうだった?」

「あまり良くありませんね。昨日は一晩中尋問されたらしいです。」と答えると、

「それはまずいわね。」キリノ大尉は言いました。

「自分に罪を着せたのは、ミルエ政府の親カーデシアの高官じゃないかと、彼女は言っていましたよ。」

「流石はパルラね、目の付け所が違うわ。私達は1時間前から、それを調べ始めていたの。容疑者が3人上がったわよ。」

「それは誰ですか?」私が尋ねると、

「親カーデシアの急先鋒は、教育相のギリル大臣と、陸軍総監のドーサ元帥、法務省のブルコ長官よ。」と、キリノ大尉は答えました。

「一番怪しいのは、ブルコ長官ですね。」

「そうよね。彼なら捜査に圧力をかける事も出来るし、警察内部にパイプもあるわ。」

「レンノ主任警部に、3人の事件当日の動きを調べて貰いましょう。」

「信用できるの?パルラを逮捕した人よ。」大尉に聞かれました。

「彼は職務に忠実な警察官に見えました。それに、彼の手助けを頼む以外の手札は無いでしょう?」

「それもそうね。行ってきてちょうだい。」

私は、レンノ主任警部の家の中へ直接転送降下しました。家の中は薄暗くて、誰もいません。暫く待っていると、電子ロックが開く音がしました。

「レンノ主任?」と問い掛けると、

「誰だ!」鋭い声が返ってきます。

「ヴォージェルです。」

「なんだ、あんたか。新しい進展が有ったのか?」と言いながら、レンノ主任警部はライトを付けました。

「はい。事件の黒幕について、新しい容疑者が浮びました。ギリル大臣と、ドーサ元帥、ブルコ長官です。この方々の事件前後の行動を調べて頂けませんか?」

「分かった。俺の印象では、怪しいのはドーサ元帥だな。何かというと、『強いミルエを!』

『レーザー砲をぶち込んでやる!』って口走る人なんだ。これ位の事をしても不思議じゃない。」

「そうですか?私たちの意見では、ブルコ長官が一番疑わしいという事になったのですがね。」と言うと、

「まさか。ブルコ長官だけは有り得ないよ。検事時代には良識派で通っていた人だし、俺はあの人の下で働いた事はないが、彼と一緒に働いていた親友が、『あの人は人格者だ。』と言っていたしな。」

「そうですか。とにかく捜査をお願いします。」

「そうしよう。お茶でも飲んでいかないか?」

「有難う御座います。じゃ、一杯だけ。」

「座ってくれ。」と言って、レンノ主任はキッチンへ向かいました。

「今日は一日中誰かに尾けられていた。まくのに苦労したよ。」キッチンから、主任警部

の声が聞こえます。

「黒幕が動き出したようですね。くれぐれも気をつけて下さい。」

「ああ、せいぜい気をつけるよ。」レンノ主任は、2人分のお茶を持って来ました。

「済まなかったな。」私の向かい側に腰を下ろしながら、主任警部は言います。

「何の事ですか?」

「俺が奥さんを誤認逮捕したせいで、死刑になるかもしれない。」

「仕方が無かったんですよ。この星には転送機が殆ど無いし、政府管轄ですから、犯罪に使われるなんて想像も出来なかったのでしょう。それに、私はまだ諦めていませんよ。」

と答えました。

「しかし、状況は悪いぞ。」

「パルラに聞いたかもしれませんが、私は半分地球人でしてね。地球人というのは、なかなか諦めない種族なんですよ。」

「その件については聞いていないが、あんたがいい旦那だというのは、取調べ中の雑談でよく話していたよ。優しくて、料理が上手で、ちょっと常識が無いのが玉に瑕だと言っていたがね。」

「そうですか。」

「若い者は熱々でいいな。俺達も若い頃はそうだったんだが。」茶碗を投げ出して、主任警部は言います。

「失礼ですけど、奥様はどうなさったのですか?」

「3日前に大喧嘩して、出て行っちまったよ。」

「よく話し合うべきですよ。家でも半年に一度位の割合で大喧嘩をしますが、話し合えば解決できています。」と言ったのですが、

「そうかねえ。」レンノ主任は懐疑的です。

レンノ主任宅を辞去してジュニアスに帰ると、新しい展開がありました。

「イリディアン人の検視が終った。」カプラン大尉が言います。

「これからドクター・トモリンに話を聞きに行くところだ。君も一緒に来てくれ。」

私はカプラン大尉の後について、医療室に向かいました。

「組織の崩壊の様子からみて、レーザーやフェイザ−で撃たれた傷じゃないわね。」

トモリン中佐は言います。

「ロミュランかカーデシアのディスラプターよ。多分、ハンドガンタイプね。」

「カーデシア製の確率が高いですね。ここはカーデシア国境に近いし、転送機もカーデシアの部品が使われていましたし。」と、私が言うと、

「犯人たちは身近にディスラプターを持っているだろうから、ディスラプターをトリコーダーで探知できれば、居所が分かるのにな。でも、この星は他のエネルギー源が沢山あるから、それも無理だ。」カプラン大尉が残念そうに言いました。

 そこで私は、昔辺境のステーションで、バーの経営者のフェレンギ人に聞いた事を思い出しました。その経営者は、

「カーデシア製のディスラプターは、置いてあるだけで耳障りな音がして頂けないぜ。」

と言っていたのです。その事をカプラン大尉に話すと、

「そういう話は私も聞いた事がある。カーデシアのディスラプターは、作動中に微弱な超音波を出すそうだ。それをトリコーダーで探知すれば、場所が突き止められるな。しかし、周波数が分からないと、トリコーダーを調整出来ない。」と言いました。

「連邦情報部に問い合わせれば、分かるんじゃないの?」と、トモリン中佐。

「早速問い合わせます。」カプラン大尉は、ドアに向かって歩き始めました。

「私は、艦のセンサーを調整します。」と言うと、カプラン大尉の足が止まります。

「艦のセンサーで、微弱な超音波を探知するつもりなのか?」

「はい。相手は転送機を使っている可能性が有りますから、トリコーダーだけではなく、惑星全体をスキャンする必要が有ると思われます。」私は答えました。

「しかし、何と言ったかな。干草の中で針を探すようなものだぞ。」

「彼女を助ける為なら、針探しでも何でもしますよ。」

「分かった、センサーの調整をしてくれ。私は情報部と交渉する。」

私達は、同時に医療室を出ました。カプラン大尉は保安部へ、私はブリッジの科学ステーションに向かいます。

私は艦長とギーヴ少佐に許可を取って、再び艦のセンサーの調整を始めました。サイキ候補生にミルエ星に降りてもらい、微弱な超音波を発信して貰いました。案の定、地表から発する他の超音波に紛れてしまって、探知できません。調整を始めてから10時間経ちましたが、なかなか音波を特定する事が出来ませんでした。

「ヴォージェル中尉、ちょっといいか?」科学ステーションに、ケン少佐が来ました。

「何でしょうか?」

「明日の朝0900時にディーコン少尉に面会に行くが、君も来るかね?」

「センサーの調整に時間がかかりそうですから、行けそうにありませんね。手紙と差し入れを預かって頂けませんか?」と頼むと、

「構わんよ。差し入れを作る為にも、少し休憩を入れた方がいいんじゃないか?」と言われました。

私は部屋に帰って、オートミール入りのクッキーを作り、「必ず助ける。心配しなくていい。」という内容の手紙を紙に書いて、2時間だけ睡眠を取ってから、再びセンサーの調整にかかりました。

「ヴォージェル中尉、ミルエ星に降りる時間になったぞ。」気が付くと、ケン少佐が来ていました。私は少佐に手紙とクッキーを渡して、科学ステーションのパネルに向き直ります。

時間を忘れて作業していると、

「食べないと体が持たないわよ。食事をして来なさい。」キリノ大尉に、ブリッジから追い出されました。急いでランチを食べ、ブリッジに帰ります。途中の通路で、カプラン大尉に会いました。

「センサーの調整は終ったのか?」

「いえ、まだです。周波数は分かりましたか?」と尋ねると、

「機密事項に入っていると言って、教えてくれない。今交渉しているがな。」

カプラン大尉は残念そうに答えます。通路の分かれ道で、私達はそれぞれの目的地に向かいました。

ブリッジに戻ると、ケン少佐が帰って来ています。

「お帰りなさい、ケン少佐。どうでしたか?」

「レンノ主任とコンタクトを取ったが、ギリル大臣とドーサ元帥には、完全なアリバイがあったそうだ。取り巻きも、おかしな動きはしていなかった。」

「彼女の様子はどうでしたか?」と聞くと、

「あまり良くないな。昨夜も殆ど寝ていないらしい。厳重に抗議して来たが。君の手紙も、ディーコン少尉の手には渡らなかった。」と、ケン少佐は言いました。

「どういう事でしょうか?」

「彼女との面会に立ち会う人間が替わったんだ。担当者は君の手紙を読み上げただけで、『調べさせて貰う。』と言って、持ち去ってしまった。」

私は、怒りが湧き上がってくるのを感じました。

「ディーコン少尉から、君宛てに伝言を預かっている。」

「聞かせて下さい。」

「『ケーキは美味しかったわ。ちゃんと食事をして、睡眠を取ってちょうだい。無理はしないで。』だそうだ。」

いかにも彼女らしい伝言だな、と、私は思いました。私が夢中になると、食事や睡眠がおろそかになるのを、パルラはちゃんと知っているのです。ケン少佐に感情を伝える伝言を託すのは気が引けて、何も言わなかったのでしょう。

「分かりました、気をつけます。有難う御座いました。」と答えて、私は仕事に戻りました。

その日も、2230時にケン少佐が私の所へ来ました。センサーの調整が上手く行かないので、私は今日もメッセージと差し入れを頼みました。

部屋に戻ってベイジョー風フルーツケーキを作り、「状況は好転しつつある、安心して待っていてくれ。」と手紙を書いてから、2時間だけ睡眠を取って、また仕事に戻りました。

 次の朝、私は手紙と差し入れをケン少佐に託し、昼過ぎまで仕事をしました。かなり超音波を絞り込めるようにはなってきたのですが、まだ特定できるまでには至りません。画面には、沢山の光点が表示されています。

レンノ主任警部からの連絡では、ブルコ長官の第一秘書が目撃者と接触しているという事実と、旧王宮の警備の警官2人に長官自身が連絡していた疑いがあるという事でした。そのうちの1人は、レンノ主任の親友だそうです。主任警部はショックを受けていたようだと、ケン少佐は言っていました。

少佐から聞かされたパルラの伝言は、

「『3時間以上睡眠を取らないなら、離婚するわよ。』」でした。

私は遅い昼食を摂りにラウンジへ向かいました。ランチを食べることは食べましたが、他の事で頭が一杯で、味が分かりません。超音波の特定が出来るようになるには、もう少し時間がかかりそうです。特定できるようになったとしても、超音波の周波数が分からなくてはどうにもなりません。しかし、カプラン大尉の元には、まだ情報部からの連絡が来ないのです。私は重苦しい気分でラウンジを後にしました。

#6 進展あり

ターボリフトに乗ってブリッジに向かうと、途中からカナン候補生とカオア候補生が乗ってきました。私に挨拶をした後は、自分達の会話を再開しました。

「ロミュラスの夕焼けは、素敵だったわね。まるで本当にその場にいるみたいだったわ。」

「当然だ、私はロミュラスで暮らしていたからな。本物に限りなく近づけてプログラムした。」

この言葉を聞いて、私の頭には一つのアイディアが閃きました。

「どうも有難う!」と私は言って、状況が掴めていない候補生2人を残し、第1ホロデッキへ向かいました。

ホロデッキのドアが閉まると同時に、

「コンピューター、演習用プログラムの、カーデシアのディスラプターを出してくれ。ハンドガンタイプだ。」と、私は指示しました。私の手の中に、ディスラプターが実体化します。トリコーダーでスキャンしてみると、思ったとおり超音波の反応が現れました。

「ヴォージェルよりカプラン大尉!」私は即座に通信バッジを叩きました。

「カプランだ。どうした?」

「ディスラプターの周波数が分かりました。27,000MHZです。」

「どうして分かったんだ、違法アクセスでもしたのか?」と、聞かれます。

「いえ、ホロデッキでカーデシアのディスラプターを出して、超音波を測定したのです。

ホログラムとはいえ、連邦の演習用に作られた物です。本物とそんなに大きな違いは無いと思います。」

「成る程、盲点だったな。早速トリコーダーを調整して、タスプ市の調査を開始する。通信終了。」希望が出てきました。私はブリッジに戻って、センサーの調整を続けました。

フィルターやバッファーを調節して、超音波を絞り込んでいきます。周波数が分かったので、センサーの帯域を狭める事が出来ました。サイキ候補生にも、27,000MHZに超音波の周波数を変えて貰います。

今日も2230時に、ケン少佐が来てくれました。しかし今日も、手紙と差し入れを頼むしかありませんでした。今日はメープルキャンディーを作り、「ちゃんと睡眠を取るから、心配しないでくれ。状況は進展している。」という手紙を書きました。離婚されたくないので3時間睡眠を取る事にしましたが、パルラが絞首刑になる夢ばかり見て、よく眠れませんでした。顔を洗ってブリッジへ行くと、新しい進展が有りました。カプラン大尉の率いる保安班が、犯人と思われる人物を捕らえたのです。尋問が始まりましたが、今の所黙秘しているとの事でした。私は三度センサーの調整にかかりました。

 次の朝、ケン少佐が手紙と差し入れを預かってくれて、ミルエ星に転送降下していきました。カプラン大尉の尋問は、まだ続いています。その日の午後には、あと一息のところまでセンサーの調整が終りました。

ケン少佐が、ミルエから戻ってきます。

「ディーコン少尉は、連日の取調べで疲れきっているようだったぞ。」少佐は言いました。

「彼女から伝言を預かっている。『もし私を助けられなくても、あまり気にしないで。貴方が最善を尽くしてくれたのは分かっているわ。きっと預言者の思し召しなのよ。心から愛しているわ。』だそうだ。」

「かなり疲れていますね。」

「そうなんだ。このままでは、嘘の自白をしかねない。自白をしてしまえば、ミルエの法律では終わりだ。もう一度手紙を書いてくれないか?これから彼女に渡してくる。」

「分かりました。」私は部屋に取って返し、「預言者の思し召しなんて言う言葉は、過労死寸前まで働いてから使うものだよ。それに、君には不愉快な事実だろうが、私は半分カーデシア人だ。死ぬまで戦うぞ。君も諦めるな。」という内容の手紙を書いて、ケン少佐に渡しました。

それから20分後に、私は、

「やったぞ!」と叫びました。やっと超音波の発生源を特定できたのです。

サイキ候補生の持つ超音波発生器の反応の他に、ミルエの首都、オビデ市で、幾つかのディスラプターの反応が出ました。

「ヴォージェルよりキリノ大尉!」私は早速連絡します。

「ディスラプターの反応が出ました。オビデ市で幾つかの反応が有ります。」

「分かったわ。座標を送ってちょうだい。ディーコン事件担当の全保安部員に告ぐ!全員保安部へ集合!待っていて、ヴォージェル中尉。」

「キリノ大尉、私も捜索に連れて行って下さい!」私は声を張り上げました。暫くの沈黙の後、

「いいわ、保安部に来て。」という答えが返ってきました。

#7 真相の判明

保安部に出頭すると、捜索地域の割り当てが行われていました。私が割り当てられたのは、

モド地区の捜索です。転送で地表に降り、ディスラプターの反応があった座標の周りを取り囲むようにして、捜索が始まりました。超音波の反応が微弱なので、分散してトリコーダーで走査を始めます。

1人になった時に、後ろで人の気配がしました。前からも、レーザーガンを持った男性が2人近づいてきます。

私は、「コンディション・グリーン。」と小声で言って、危険を知らせました。そして、通信バッジの録音スイッチを入れました。

「通信を切れ。」前から来た男性が、レーザーガンを突きつけて言います。

「分かりましたよ。」私はバッジを叩いて、通信を切りました。しかし、録音はそのままです。

「通信波は出ていません。」もう1人の男性が、ミルエ製のトリコーダーでスキャンして言いました。その直後に頭に激痛を感じて、私は意識を失いました。

 次に意識を取り戻したのは、地下室らしい部屋の中でした。気が付くと、手錠をかけられています。

「おはよう御座います。」と声を掛けると、2人の男性が振り返りました。

テーブルの上には、通信バッジが置いてあります。

「私をどうするつもりですか?」と尋ねると、

「心配するな、お前は連邦の動きを抑える為の人質だ。とりあえず殺したりはしない。」

という答えが返って来ました。

「しかし、目的が済めば殺す。そうでしょう?」

「まあ、そのつもりだがな。お前の女房も、すぐにあの世に送ってやる。それなら寂しくないだろう?」レーザーガンを突きつけながら、とんでもない事を男は言います。

「それなら、事件のあらましを教えてくれませんか?何も知らずに死ぬのも癪ですからね。

死んだ後まで捜査をしたくはありませんし。」と頼んでみると、

「いいだろう、話してやろう。」と、男は言いました。割とノリのいい人です。

「この事件を計画したのは、ブルコ長官だ。」

「そうなのですか?あの人だけは違うとみんな言っていましたよ。」

「あの方は、真の愛国者だ。連邦と友好関係を結ぶ事によって、ミルエが弱体化するのを心配しておられる。お前達の部屋に、外部から取り寄せた転送機とイリディアン人を使って、王家の腕輪を転送した。盗難事件が発生したように見せかけて、連邦が信用できる国家ではないと国民に知らせる為だ。もう一押しすれば、国民は連邦が信用できない事を理解し、国民投票で連邦との友好条約は破棄されるだろう。その後は、強大なカーデシア帝国と手を結ぶのだ。」陶酔した表情で、男は言います。

「どうしてパルラをスケープゴートに選んだのですか?」

「警備計画を調べて、あの女が一番腕輪に近い位置にいたからだ。それに、あの女はベイジョーという貧乏な惑星の出身らしい。腕輪を盗んだ事にしても、疑われないと思ったんだ。お前たちが無実を信じて嗅ぎ回るとは、計算外だったよ。」

この言い草には、私も心底腹が立ちました。

「お前達が何をしても、もう手遅れだぞ。計画は最終段階に入っている。」と男が言ったところで、通信機から呼び出し音が鳴りました。

「はい、こちら行動第2班です。」もう1人の男が、通信に出ます。

「ブルコだ。計画は順調か?」ビューアーに現れたのは、ブルコ長官その人でした。

「はい、全て順調です。スナイパーは位置につきました。」

「そうか、陛下にはお気の毒だが、ミルエの為には仕方が無い。陛下が国会開催の式辞を述べた時に、実行しろ。」

「了解、通信を終了します。」と言って、もう1人の男は通信を切りました。

「国王を暗殺するつもりなのですか?」

「あの方は親連邦派の筆頭だからな。連邦の仕業に見せかけて、死んで頂く。これで、連邦は撤退せざるを得ないだろう。」

大変な事になりました。2人の男が何処かに通信を送っている隙に、私は手錠を外し始めました。

 実は私には、連邦に提出した履歴書にも、パルラにも話していない特技が有ります。小さい頃にニンジャに憧れて、関節外しの練習をしたのです。母親には、「関節を痛めてしまうわよ。」と言って止められましたが、隠れて練習を続け、両手首の関節を外せるようになりました。久しくやっていなかったのでかなり痛いですが、ここが我慢のしどころです。

関節を外して、手錠を手首から抜き、それを天井の照明にぶつけました。室内はたちまち暗くなります。2人の男は何も見えなくなったらしく、手探りで歩き回っていますが、半分カーデシア人の私には、ドアの隙間から入ってくる廊下の明かりで、部屋の中の様子が見えました。1人に当て身を入れて気絶させ、もう1人の首筋を殴りつけて、ノックアウトしました。

「ヴォージェルよりジュニアス!」私は通信機のスイッチを入れました。

「ヴォージェル中尉、今どこだ!?」ケン少佐の声です。

「どこかの地下室らしい部屋です。それより、大変な情報を掴みました。ブルコ長官が、ティル・ルス国王の暗殺を企んでいるのです。国会開催の式辞を述べた時に、スナイパーが狙撃する計画です。今何時ですか?」

「0958時だ。国会開催まで、2分しか無いぞ。」

「私を国王の近くに転送して下さい。それと、保安部隊を議事堂とこの部屋に派遣して下さい。急いで!」数秒後に、首筋がチクチクする感じがして、周りの景色がぼやけました。

次に景色がはっきりした時には、国会議事堂の演壇の前にいました。原稿を持ったティル・ルス国王が、驚いた顔でこちらを見ています。

「危ない!」と私は叫んで、国王を思い切り突き飛ばしました。それと同時に、肩に焼けるような痛みが走ります。私は国王の上に折り重なって倒れました。国会議事堂は大騒ぎになりました。

「不敬罪の現行犯だ、逮捕しろ!」という声が聞こえます。違うと言おうとしたのですが、あまりの痛みに声が出ません。私は乱暴に引き起こされました。

「待て!」私の近くで声が聞こえます。

「その者は、狙撃から私をかばってくれたのだ。肩に銃創が有る。放してやれ。」話しているのは、ティル・ルス国王本人でした。

私は手を放されて、演壇の床に座り込みました。

「おのれ!誰がこんな大それた真似を!」一番前の席で怒鳴っているのは、ブルコ長官です。

「貴方が犯人です、ブルコ長官!」キリノ大尉の声がしました。ケン少佐と共に、演壇に向かって歩いてきます。

「無礼な!何を根拠に人を告発するのだ!」

「証拠なら有ります。」私は立ち上がり、演壇のマイクに通信バッジを外して近づけました。

そして、録音した内容を再生します。議事堂内は静まりかえりました。

「騙されるな、これは捏造だ!連邦の謀略なんだ!」ブルコ長官は叫びます。

「あの女が盗んだんだ、証人もいる!」

「それは違います、陛下!」レンノ主任警部が、議事堂の椅子の間を歩いて来ます。

「証人は証言を取り消しました。ブルコ長官に家族の安全について脅迫されて、証言したと供述を始めています。」

「こちらでも、転送の実行犯を逮捕しました。犯人は転送について供述を始めています。」と、ケン少佐が言いました。

「嘘だ!」

「あの女性は無実です、陛下!」演壇の後ろに立っていた警備の警官が発言しました。

「私は、ブルコ長官の依頼を受けて、旧王宮の監視カメラの録画映像を編集しました。あの女性が犯行を行ったとされる時刻に、きちんと警備をしていたという証拠の映像を、カットしたのです。処分しろという指示だったのですが、良心が咎めて、マスターテープをまだ私の部屋に取ってあります!」

「この馬鹿者!」と言った後で、ブルコ長官の顔は真っ青になりました。

「ブルコ長官、私はミルエの為と言われて貴方に協力しましたが、無実の女性を死に追いやったり、市民を脅迫したりして行う事が、ミルエの為になるとは思えません。」

「よく言ったぞ、ディニー!」と、レンノ主任警部が言います。この人が、主任の親友のようです。

ブルコ長官はわなわなと振るえていましたが、懐からカーデシア製のディスラプターを取り出しました。

「私はミルエの為にしたのです!」と言って、頭にディスラプターを向けます。キリノ大尉のフェイザ−が発射され、ブルコ長官は床に崩れ落ちました。

「殺したのか?」ティル・ルス国王が、静かに聞きます。

「いえ、気絶させただけです。」

「連邦の諸君に感謝する。特に、この者にな。」と言って、国王は私に目を向けました。

「その方は命の恩人だ。何か礼をしたいのだが、望みはあるか?」

「では、私の妻を助けて下さい。何もしていないのに、絞首刑になりかかっているのです。」と、私は頼みました。

「この国は立憲君主国家だ。私の一存では決められない。しかし、私に出来る事をしてあげよう。」と言って、国王は演壇のマイクに向かいました。

「今日の最初の議題を、連邦士官による盗難事件の証人喚問としたいのだが、異議はあるか?」議事堂内に、拍手が起こりました。

「では、そちらの警察官、何と言いましたか?」議長らしい人が、発言します。

「中央警察署の、レンノ主任警部です。私は良心と法に従い、真実だけを述べる事を誓います。」

「では、レンノ主任警部、今回の事件についての捜査結果を報告して下さい。」

レンノ主任警部の証言が始まりました。

「よく頑張ったわね。」キリノ大尉が、私を助け起こしてくれます。

「ジュニアスに連絡してあるわ。医療室で怪我の治療をしなさい。パルラが釈放されたら、すぐに知らせるわ。」

「分かりました。」

「キリノよりジュニアス。ヴォージェル中尉を医療室に転送して。」

周りの景色が溶け、次の瞬間には、私は医療室にいました。

「ヴォージェル中尉、バイオベッドに横になってちょうだい。すぐに手術するわ。」トモリン中佐が、医療用トリコーダーを持って駆けつけてきます。

私は指示どおり、バイオベッドに横になりました。

「組織の崩壊がひどいわ。ディスラプターでやられた傷ね。」傷口をスキャンして、中佐は言います。

「痛かったでしょう、麻酔をかけるわね。」

「それは止めて下さい。今麻酔をかけられたら、眠ってしまいます。」と、私は答えました。

「眠ったっていいじゃないの。貴方は自分に出来る事は全部したわ。」

「パルラはこのところ殆ど寝ていないんです。私も眠るつもりはありませんよ。」

「貴方がこんなに強情な人だとは思わなかったわ。でも、優しいのね。」トモリン中佐は、手術を始めました。レーザーメスで切られる痛みの後に、細胞が活性化して神経を刺激する痛みが襲ってきます。しかし、おかげで眠らずに済みました。長い時間が経過したと思われた時に、

「はい、おしまいよ。」と、トモリン中佐が言いました。

「有難う御座いました。どの位経ちましたか?」と尋ねると、

「25分45秒よ。早かったでしょう?」という答えです。

「点滴をしますから、暫く安静にしていて下さい。国会中継をビューアーに映してあげるわ。気になるでしょう?」

国会議事堂では、レンノ主任警部の証言が続いています。主任警部は、証人の証言があいまいな事、ブルコ長官が旧王宮の警備の警官に接触した事、ブルコ長官の第1秘書が証人に接触した事、証人が身の安全を保証すると約束した後に、ブルコ長官に脅迫されて証言したと供述した事を証言しました。

次に、ケン少佐の証言が始まりました。少佐は、私達の部屋で異常な静電気の反応が有り、転送によって発生した可能性が高い事、転送に使われたと思われるミルエ星の物ではない転送機を発見した事、その傍で、イリディアン人の射殺死体を発見した事、そのイリディアン人は、カーデシア製のディスラプターで撃たれていた事、転送機の部品の7割はカーデシア製だった事を証言しました。

そこで点滴が終ったので、私はブリッジへ向かいました。デイシフトの時間に入っていたからです。しかしカプラン大尉には、

「負傷した直後で、足がふらついているじゃないか。部屋で待機していろ。」と言われました。私は部屋に帰って、国会中継番組の続きを見る事にしました。

キリノ大尉が、証言台に立っています。カーデシア製のディスラプターの反応がタスプ市で見られた事、反応の有った座標で、怪しい人物を逮捕した事、私を誘拐した人物が、国王暗殺計画を話していた事を証言しました。私の録音した音声も、もう一度再生されました。

#8 パルラの釈放

質疑応答が8時間に渡って続き、親カーデシアの議員や閣僚は最後まで連邦の謀略だと主張しましたが、私の録音と警備の警官の持っていたマスターテープが決め手となって、多数決で、今回の盗難事件はブルコ長官による謀略だという政府見解が採択されました。

ブルコ長官はその場で懲戒免職が決まり、パルラの釈放も同時に決まりました。待ち望んでいた瞬間が来たのに、何故か脱力してしまって、喜ぶ気力もありません。

「ケンよりヴォージェル中尉。」ケン少佐から通信が入ります。

「ヴォージェルです。」

「ディーコン少尉の釈放が決まったぞ。レンノ主任警部の話では、手続きに時間がかかるので、実際の釈放は1時間後になるそうだ。」

「私も国会中継を見ていました。安心しましたよ。」

「時間になったら、艦長に許可を取って降りてくるといい。通信終了。」

私はすぐに、

「ヴォージェルよりアーキー艦長。」と通信を送りました。

「こちらアーキー。」

「艦長、1時間後にミルエ星に降りる許可を下さい。妻を迎えてやりたいのです。」

「許可します。でも、帰ったら作戦室に出頭して下さい。それまで部屋でゆっくりしているといいわ。」と、艦長は言います。

「分かりました。」私はフードディスペンサーでパンの耳を合成し、新作レシピでケーキを作りました。ケーキを焼き上げて型から出してから、粉とオリーブ油とお湯を練り合わせてタルト生地を作り、型に敷きました。それでも時間が余ったので、レッドリーフ・ティーを淹れて時間が来るのを待ちました。

 そして、やっと時間が来ました。私は転送台の上に乗ります。

「キリノ大尉の話だと、中央警察署の前にはマスコミが詰め掛けているそうです。警察署の内部に転送します。」担当の士官が言いました。

次に私が実体化したのは、警察署の廊下でした。

「来たのね。レンノ主任警部が、今パルラを連れてくるわ。」キリノ大尉が迎えてくれます。

廊下の向こう側から、何人かの足音が聞こえます。視線をそちらに向けると、レンノ主任警部と、もう1人の刑事と、パルラが歩いて来ました。

「パルラ!」私は思わず叫びました。足が勝手に走り出します。

「エナブラン!」パルラも走って来ました。私達は、ぶつかるように抱き合いました。

「パルラ、逢いたかった・・・・!」それしか言葉が出てきません。

「エナブラン、どうしても貴方に言いたい事があったの。」パルラが口を開きます。

「愛しているわ。貴方のカーデシア人の部分も、地球人の部分も愛しているのよ。」

「僕も愛しているよ。」2人の唇が、自然に重なりました。

気が付くと、彼女の後ろで何度も咳払いが聞こえます。そちらを見ると、レンノ主任警部が気まずそうな顔で立っていました。

「警察署は、そういう事をする場所じゃないんだよ。家でやってくれ。」

「失礼致しました。」

「今回は済みませんでした。捜査本部を代表してお詫びします。」主任警部は、ミルエ式のお辞儀をします。

「いえ、貴方のせいではありません。転送機が犯罪に使われるなんて想像出来なかったのですから、仕方が有りませんわ。」と、パルラは言いました。

「そう言って頂けると、恐縮です。」とレンノ主任が言った時に、1人の警官が走って来ました。そして何事かをレンノ主任警部に耳打ちします。

「そうか、分かった。」主任警部は私達の方に向き直って、

「この建物はマスコミに完全に包囲されたそうだ。転送で帰った方がいいぞ。」と言いました。

「分かりました。キリノよりジュニアス。3名転送。」

「ちょっと待ってくれ、連絡事項が有る。」

「待機して下さい。」

「まず、ヴォージェル夫妻には、今回多大な迷惑をかけたお詫びとして、ミルエ王室から磁器のセットが送られるそうだ。それと、ヴォージェル中尉には、明日勲章が贈られる事になった。」

「そんな、当然の事をしただけですよ。」私は気恥ずかしくなりました。

「それから、あんたには個人的に連絡したい事がある。今日女房から通信が入ってね。あんたの言った通り話し合ったら、仲直りできたよ。明日帰ってくるそうだ。」ちょっと照れた表情で、レンノ主任は言います。

「それは良かったですね。」

「あんたには世話になったな。今度この星に寄る事があったら、俺に声をかけてくれ。家に招待するよ。」

「有難う御座います。必ず連絡します。」

「じゃあな。」レンノ主任警部が手を振ってくれるのを見ながら、私達は非実体化しました。

#9 ハッピーエンド

次に実体化した転送室では、ケン少佐が待っていました。

「今回はご苦労だったな。キリノ大尉、2時間以内に報告書を提出してくれ。ヴォージェル中尉、ディーコン少尉。艦長が作戦室でお待ちかねだぞ。」

私達は急いで作戦室に出頭するべく、ジュニアスの通路を歩き始めました。

すれ違う人に、

「ディーコン少尉、お帰りなさい。」

「ヴォージェル中尉、お疲れさまでした。」

と声を掛けられます。

ブリッジを通って作戦室に着き、

「ヴォージェル中尉、出頭しました。」

「ディーコン少尉、出頭しました。」と報告しました。

「2人とも、大変だったわね。座ってちょうだい。」

私達は、艦長の向かい側の椅子に腰を下ろします。

「今回の事件だけど、5年間の機密保持事項に指定されたの。この件については、5年間は関係者以外の人に話さないで下さい。」

「分かりました。」

「艦長、この機会にお願いしたい事が有るのですが。」と、私は発言しました。

「何?」

「ディーコン少尉は、これからナイトシフトがある予定ですが、休暇を取らせて頂けないでしょうか?連日の尋問で疲れていると思いますので。」

「ヴォージェル中尉、私は大丈夫です。」彼女は言いますが、かなり顔色も悪く、やつれています。

「その件でも、貴方達に話が有ったのよ。貴方たち2人には、明日の0900時までの特別休暇を与えます。ヴォージェル中尉、貴方の休暇中の任務は、ディーコン少尉にトマトのタルトを作ってあげて、ゆっくり休ませる事よ。」と言って、艦長は悪戯っぽく笑います。

「有難う御座います!」私たち2人は、同時に言いました。

「もう下がっていいわよ。休暇時間を有効に使いなさい。」

私達は、作戦室を後にしました。

「トマトのタルトの事を、全員に言いふらしたわけ?」通路に出た途端に、パルラは言います。



「ケン少佐だけに話したんだが、いつの間にか広まったらしいね。」

「明日はみんなにからかわれそうね。」彼女はため息をつきました。

自分達の部屋に入ってから、私達はもう一度抱き合いました。

「ちょっとした騒動だったね。」私が言うと、

「貴方って、歪んだユーモアセンスの持ち主だったのね。」とパルラに言われました。

「少し眠ったらどうだい?」

「それよりお風呂に入りたいわ。拘置所ではシャワーだけで、しかも婦人警官の立会い付きだったのよ。」

「大変だったね。じゃあ、君がお風呂に入っている間に、食事を作るよ。」

「貴方だって疲れているでしょう?今日はフードディスペンサーでいいわよ。」パルラは心配そうです。

「大丈夫だよ、君の顔を見たら、元気が出たから。」

5分後には彼女はバスルームに消え、私は夕食の支度にかかりました。タルト生地の上にマスタードを塗り、チーズと、我が家風に角切りにしたトマトを乗せ、塩とオリーブオイルを振りました。

焼き上がりを待っている間に、私は万一の時の為に用意しておいた転送プログラムを、コンピューターのメモリーから消しました。

焼き上がりまであと5分の時に、彼女がバスルームから出てきます。

私はアールグレイを淹れて、パルラと話をしながら待ちました。留置中の話は出ず、今度の休暇をどう過ごそうかという話に終始しました。

「さあ、出来たよ。」私はタルトをオーブンから出して、切り分けます。

「いい匂いね、食べるのが楽しみだわ。」彼女は一口食べてから、

「あっさりしていて、美味しいわね。」と言ってくれました。

「気に入ってくれて良かった。」

歓談しながらタルトを一切れ残らず平らげ、デザートにかかります。

「またレシピを改良したのね、前より美味しくなっているわ。」

「思いつきで変えてみたんだけど、良かったみたいだね。今度正式に配合学を学びたいと思っているんだ。」

「本当に研究と勉強が好きなのね。」パルラは呆れたような顔で私を見ました。

ガビラン・ティーで食事を締めくくり、食器の後始末をします。

「パルラ、今日は早く休もうよ。ここ2、3日、お互いにゆっくり寝ていないからね。」

「そうしましょうか。」彼女は欠伸をしました。

「僕も入浴して来るから、先に寝ていてくれ。」

「分かったわ。」

私は久し振りにバスタブに入って、ゆっくりしました。

「エナブラン、エナブラン!」ベッドルームの方で、パルラの怒ったような声が聞こえます。私は急いでパジャマに着替えて、ベッドルームに向かいました。

「どうしたんだい、パルラ?」

「どうしたじゃないわよ、貴方、この6日間寝ていなかったのね!?」彼女は目を怒らせてくってかかってきます。

「ちゃんとリビングの椅子で寝ていたよ。でも、どうして分かったんだい?」

「寝る前に読もうと思ってベッドに置いておいたデータパッドが、そのままじゃないの。」

「ごめんよ、パルラ。でも、拘置所で眠っている君の事を思うと、どうしてもベッドで眠る気になれなくてね。」

「もう・・・」と言いながら、彼女は抱きついてきました。

「貴方って、仕方の無い人ね。私がずっと傍にいて、小言を言ってあげるわ。」

「それは素敵だね。」

「でも、もしまたこんな事が有ったら、ちゃんとベッドで眠ってちょうだいよ。」

「必ずそうするよ。」私達は、そのままベッドに転がり込みました。

パルラが私に体を寄せてきて、

「貴方ってあったかいわね。」と言いました。その瞬間に愛しさがこみ上げてきて、彼女にキスをして思い切り抱きしめました。そしてそのまま、夢の無い眠りに落ちていきました。

 次の朝は、セットしておいたアラームの音で目が覚めました。何故かタンパク質の焦げる匂いが漂っています。私の隣りは、空っぽです。

「どうしたんだい、パルラ?」と言いながら、私はキッチンに行ってみました。

パルラは、

「もう、どうしてこうなるのよ。」と言いながら、フライパンに向かっています。

「何か問題でも?」と聞くと、

「貴方の好きなフレンチトーストを焼いているんだけど、外側だけ焦げて、中が生なのよ。」

と言いながら、パルラは振り返りました。

「パン・ペルデュかい?火力が強いんだよ。」私は調節つまみを絞ります。

「そうなの?焦げ目が付かないかと思って、強火にしたのよ。」

「中火でじっくり焼けば、焦げ目は自然に付くよ。」

「知らなかったわ。私って駄目ね。」彼女はため息をつきました。

「君には保安部員としての才能があるじゃないか、気にする事はないよ。それに、片付け物では、僕より遥かに上だしね。」

「貴方が常軌を逸して散らかすから、そう見えるのよ。どうして科学士官が整頓できないわけ?」

「それを言われると弱いな。」私は苦笑しました。

その日の朝食は、大量のパン・ペルデュ(フレンチトースト)です。中が生だった物は、電子調理器で火を通しました。メープルシロップをたっぷりかけて食べると、朝から幸せな気分です。

その後で、身支度をして制服に着替え、キスを交わしてからそれぞれの持ち場に向かいました。私の今日最初の仕事は、磁器の贈呈式と、勲章授与式に出席する事です。恥ずかしくてあまり気が進まないのですが、仕方がありません。



「ここまで私は冷静に書いてきましたが、今回の事件ではかなりショックも受けましたし、腹も立ちました。そこで、ほとぼりが冷めたころに小説の題材に使って、鬱憤を晴らそうと思います。この文章は、その為の覚書です。しかし、5年間の機密保持事項に指定されたので、この文章を使えるのは最低5年後でしょう。それまでこのささやかな著作物よ、お休みなさい。」

「エナブラン、また靴を脱ぎっぱなしにして!」

「ごめんごめん、いま片付けるよ。」



THE END



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