ワームホール
Wormhole open/close
"You choose to exist here. It is not LINEAR !" "No, it's not LINEAR."
ワームホールとは、時空にあいた虫食い穴 (worm-hole)である。たいていはどこかに繋がっていて、そこを抜ければ瞬時もしくは短時間に対岸にジャンプできる時空トンネルである。通常は一種の自然現象であるが、極めて珍しいという程の現象ではなく、データ少佐も2367年時点で3度ワームホールに遭遇したと発言している ("Clues" [TNG])。ボーグは、少なくとも最大ワープの20倍の速度を出せるトランスワープ・チューブ (transwarp conduits)を作る技術を持っているが、これは人工的だが一種のワームホールといえるだろう ("Descent" [TNG])。
しかし、スタートレックでは何と言ってもDS9の主役であるベイジョーのワームホール (Bajoran wormhole)が一番有名で、ワームホールといえば通常これを指す。
ベイジョーのワームホールは、ベイジョー星系にあるデノリアス・ベルト(プラズマ帯)の中の、ある一点に存在する。実際には記録にないほどの遠い過去(一万年以上)からそこに存在したと思われるが、シスコ中佐(当時)がDS9に赴任するまではほとんど誰にも存在を知られることは無かった。
通常のワームホールは空間の歪みを露呈しているために容易に探知されてしまうが、このワームホールはベイジョー人にも何十年もベイジョーを占領していたカーデシア人にさえ発見できなかった。通常はホール(穴)ではなくて、見事なまでに隠された「点」であって、殆どシグナルを発することが無い。言い換えれば、その実体はこの宇宙には存在しないともいえる。
2369年、DS9に着任したばかりのシスコ中佐は、ベイジョーのカイ(宗教的指導者)から聖なる神殿の探索を依頼された。科学士官のダックス大尉が過去の記録を詳細に調べると、興味深い事実がいくつか判明した。第1に、22世紀当時のカイがデノリアス・ベルトで「天空が裂けるのを見た」というもの。第2には、現存する9個の「発光体 (Orb)」うち、5個までがそのあたりで発見されていること(発光体の真の存在意義は不明)。第3に、同宙域で過去23回もニュートリノの異常放射が観測されていたらしいのである。
これらの記録に基づいて、シスコらが乗ったシャトルがその宙域に接近した時、突如として巨大な穴を宇宙に開けた。これこそベイジョー人が古くから信仰していた預言者たちの住む「聖なる神殿」であったことが後に判明する。この穴は7万光年離れた銀河系の反対側のガンマ宇宙域に繋がっており、シャトルは穴の中を通常エンジンで短時間航行するだけで自然に対岸に出ることができた。内部はバーテロン粒子で満ちており、ワームホールの強力な亜空間フィールドが中和されることにより、通行が可能となっていた。【亜空間の項を参照】
通常のワープ航行では数十年もかかる距離を一瞬で移動できるこのワームホールは、惑星連邦の活動範囲を劇的に広げることになったが、同時にガンマ宇宙域の強大な勢力であるドミニオンとの衝突を招くことにもなった ("Emissary" [DS9])。
このベイジョーのワームホールには、特筆すべき特徴がある。まず第一に通常は隠れていること。そしてさらに重要なことに、極めて安定であることである。自然現象としてのワームホールは、連邦の探索でも数多く見つかっており、特に珍しいものではないが、これらは例えてみれば竜巻のようなもので、極めて不安定である ("The Price" [TNG], "Eye of the Needle" [VGR])。見ている間に消滅したり、場所が移動したりすることもある。しかしこのワームホールは場所は一定であるし、消滅する気配もない。しかも非常に大きく、宇宙戦艦の大艦隊ですら余裕で通過できる ("Call to Arms" [DS9])。
ただ、誰しも疑問に思うところだが、何物も相対的なこの宇宙において、場所が一定とは何を基準に言うのだろうか? 惑星系は銀河系の中を猛スピードで回っているし、銀河系自体の他の銀河との相対位置も常に変化している。このベイジョーのワームホールの場合は、少なくとも一万年以上にわたってベイジョー星系内部での位置がほぼ一定のようであるから、ワームホール自体も銀河系内で「動いて」いることになる。
なぜこのように安定であるかといえば、これが「預言者」の手によって作られた人工物だからである(正確には「人工」という表現は適切ではないが)。彼らは高度の知的生命体であり、未知の方法で安定させているらしい。彼らの存在する時空は、我々のとは大きく異なっている。彼らには「直線的な時間」という概念がない。直線的な時間は我々にとっては自然な概念であるが、彼らにとっては不可思議なものなのである。ちょうど我々が空間を縦横に移動できるように、彼らにとって時間とは単純に積み重なるものではなく、自らの意志で縦横に移動できる類のものらしい。少なくとも、彼らにとっての時間は「流れる」ものではない。何とも奇妙というしかなく、到底理解することはできない。(時間が通常の1次元ではなく、2次元以上と考えるしかない)
例えば、あるワームホールがどこかに繋がっているらしいと分かっても、どこに繋がっているのかは実際に通過して確かめてみる以外には無い。普通はどこか離れた場所へ繋がっていることが期待されるが、必ずしも我々の宇宙へという保証はない。もしかすると過去や未来へ繋がっているかもしれないし、別の宇宙に繋がっているのかもしれない。ベイジョーのワームホールは、確かに我々の銀河系のガンマ宇宙域に繋がってはいるが、向こうの時計とベイジョー側の時計とが一致する必然性は無い。そもそも、遠く離れた宙域の「現在」が一致しているという保証は全く無いし、ましてワームホールを通過したなら何が起こるか予測は不可能である。
通常のワームホールですらこのように複雑であるが、ベイジョーのワームホールは、さらに深淵で次元の違った存在である。おそらくは、我々の目から見た場合にワームホールに見えるだけなのであって、実際には単なる時空トンネルというよりは、様々な宇宙と無数の接点を持つ「別の宇宙」と考えた方が分かりやすい。我々は彼らの前庭を通行させてもらっているだけであって、もし奥の院に住む預言者が望めば別の時代に弾き出されてしまうこともある ("Accession" [DS9])。我々の側から見れば、気まぐれな「時空のインターチェンジ」ともいえる。
このワームホールは入口と出口のポイントはいつも一定で、突入時の角度や速度によって吐き出される場所や時代が変化することは無く、利用する者の浅知恵で機能をコントロールすることは普通はできないが、以下のような例外もある。
預言者の前庭を勝手に利用させてもらっている立場からすれば、ワームホールを荒らすような真似はルール違反である。とりわけ、バーテロン粒子で満ちた回廊でワープエンジンを起動することは、亜空間フィールドを攪乱して予測不能の危険な事態が予想されるので御法度である。ところがある時、シャトルのワープエンジンの事故で期せずしてそのような事態が発生してしまった ("Crossover" [DS9])。ワームホールを抜けると、そこは前世紀にカーク船長が転送機事故で訪れたことのあるミラー・ユニバースであった ("Mirror, Mirror" [TOS])。しかしその後何度も同じ手法で(事故でもないのにワームホールの内部でワープエンジンを起動)ミラー・ユニバースと行き来しているが、そのような暴挙が黙って見過ごされるとは、理解に苦しむところである。預言者たちは実に寛大というほかない ("Through the Looking Glass" [DS9], "Shattered Mirror" [DS9])。
補足解説
ワームホールというアイデアは、一般相対論を発表したアインシュタインと彼の研究仲間であるローゼン (Nathan Rosen)が1935年に発表した「アインシュタイン・ローゼン橋」(Einstein-Rosen bridge)に始まる。
一般相対論では、質量のある物体の周囲の空間は曲がっており、その曲率は物体に近付くほど大きくなると考える。ところが超新星爆発後など、質量が一定の条件をクリアーすると天体は無制限に収縮してゆき、その中心での空間の曲率は無限大に発散してしまう(特異点)。そこは怖ろしい闇で物質は消滅し、光さえも脱出できないという、いわゆる“ブラックホール”である。しかし一般相対論は滑らかな4次元時空の幾何学(リーマン幾何学)を前提にしているので、そのような場所では理論は破綻してしまう。
当然アインシュタインらはそのようなシナリオは好まなかった。彼らは、たとえそんな天体ができたとしても奥では滑らかな時空トンネルでどこかにつながっているのではないかと考えた。それならば特異点は一応出てこない。彼らはこれを「橋」と呼んだが、後にワームホールと呼ばれるようになる。スタートレックではこのような超空間を亜空間と呼んでいる。
ところがこのようなワームホールでは一旦入ったら最後、トンネル内をうろうろするだけで向こう岸に出ることは永久に不可能である(もちろん恐ろしい潮汐力に耐えたとしての話だが)。しかしその後研究が進み、DS9のワームホールのように、遠く離れた宙域を移動できるようなタイプのワームホールも理論的にはあり得ることがわかってきた(ブラックホールでは無いタイプ)。SFの舞台装置としてはまことに好都合で、あまりに有名になったので今やSFファンならずとも多くの人々の知るところとなった。
ただ、ブラックホールを抜けると何でも吐き出すホワイトホールに出る、という説があってワームホールと混同しがちだが、この場合は当然一方通行なのでワームホールとは異なる。
ワームホールがつなぐ時空は、全く別の宇宙でも良いしベイジョーのワームホールのように同じ宇宙の別の地点でも良い。それどころか、ワームホールを亜光速で動かせばタイムワープすら可能だとする学説も出ている (Kip Thorn, 1988)。"Yesterday's Enterprise" [TNG]や"Cause and Effect" [TNG]などに出てくる空間の亀裂なども、そうした類のワームホールともいえる。もし本当にワームホールが存在すれば、理屈の上ではこのような「閉じた時間線」(CTL:Closed Temporal Loop)もあり得ることになる。
その際、異なる時空間を瞬時に移動できると当然のように考えがちだが、必ずしも一瞬でワームホールをぬけられるという保証は無い。もしかするとトンネル内は非常に入り組んでいるかもしれないし、時間の流れが一様とは限らない。だとしたら、ほんの一光年移動するのにさえ結果的に一億年もかかるかもしれない。考えようはいくらでもある。
何にせよ、理論上は一般相対論はワームホールの存在を肯定しているようではあるが、ここに大きな落とし穴がある。“ワームホールの崩壊”である。すなわち、たとえワームホールが存在し得たとしても、それ自身の強力な重力で瞬時に潰れてしまい、宇宙船が通過するなどということはまったく不可能と思われるのである。(たとえ素粒子であっても通過不能らしいので、転送ビームでも無理であろう)
山や海底をくり抜く現実のトンネル工事では地圧に対抗するために鉄枠をはめ込んだり合成樹脂を周囲に流し込んだりして補強するが、ワームホールにも似たような工夫が必要となる。そこで多くの科学者たちが必要と考えているのが『エキゾチック物質』(exotic matter)である。これは負のエネルギーを持ち、反重力を及ぼすという空想上の物質である。すなわち、ワームホール内をエキゾチック物質で満たし、潰れようとするトンネルを内側から支えようというわけである。スタートレックではバーテロン素粒子がイメージ的に似ているが、様々な点で違うようである。
負のエネルギーとは荒唐無稽のようだが、量子力学で支配されるミクロ世界では特に珍しいものではない。しかしエキゾチック物質が存在するという証拠は現在のところまったくないし、存在しても極めて短命である可能性が高い。
このように、自然現象としてのワームホールは、たとえ存在したとしても人間が利用することは不可能のように思える。しかし“だったら作れば良い”というわけで、かなり無茶なものの一応アイデアはある。それによれば、量子力学が支配的なミクロ世界では目まぐるしくワームホール(ただし素粒子サイズ)が出没していると考えられているので、そのうちの一つをエキゾチック物質で安定化させ、そのあと何らかの方法で風船のように宇宙規模にまで膨らませることができれば良いというのである。もちろん方法は不明であるが。
こうして完成した人工ワームホールは非常に微妙なバランスの上に成り立っているので、大きな宇宙船が不用意に通過すれば潰れかねない。負のエネルギー空間を通過するということもあり、シールドで船を保護してゆっくりと突入する必要がありそうである。
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