オブライエン物語
LEAVIN’THE NEST
STAR TREK Next Generation
Written by 野呂博之・NEW BEN
 時とはいつも同じように流れて行くようで、その実、激しい変化を遂げている。その変化をもたらすものは、フロンティア精神なのであろうか。エンタープライズ号は激動の時を過ぎ今は穏やかなひとときを過ごしていた。しかし、ここでもまた新たなる変化への胎動が始っていたのだ。
 宇宙歴46373.3、カーデシアの魔の手から艦長を救い出した宇宙船エンタープライズ号は、休養期間を兼ねながら次の作戦司令と補給を受けに、デトリアン星系が望める第803基地へと航行中であった。

 ジャン・ルーク・ピカードは自室でアール・グレイ・ティを飲みながら考古学の学会発表を読んでいると、艦内放送の信号が鳴った。
”ライカーよりピカード艦長。”
「ピカードだ。」
おもむろに答える。船内において通信呼出しされた場合は何もしなくても回線がつながる。
”艦隊本部より緊急通信です。”
とライカーの声、
「ここで受ける。回してくれ」
ピカードは何事だろうと考えながら壁のディスプレイを見た。画面が青い連邦記章からおなじみの人物に変わる。ナチェフ提督だ。
”お休みのところすみませんが、エンタープライズに最優先任務を与えます。まず第527中継基地に行ってください。そこで必要な資材と3機のシャトルを搬入し、ベイジョー星系に向ってください”
提督はいつもの無表情で命令した。ピカードの顔に緊張が走った。

「ベイジョー星系?カーデシアが動き出したのですか。」
艦隊旗艦のエンタープライズに要請があるのは決まって厄介事が起きたときだ。
”ベイジョー政府の要請により、軌道上のステーションに連邦が駐屯が正式に決まりました。”
ピカード艦長は事態を案じた。あのカーデシアのことだ、黙ってこれを見ているはずがない。いつ、なにか仕掛けてくるかわからない。ギャラクシー級スターシップで一番ベイジョー星系に近いこともあり、このエンタープライズが選ばれたのだ。またしてもカーデシアと一悶着あるのかとピカードの気持ちは沈んだ。
”物資輸送のほか、ステーションの体制が整うまでカーデシアの動きを監視してください。カーデシア政府はベイジョー政府にステーションが機能停止の状態が続くのなら再駐屯すると言ってきました。彼らの目的はあきらかです。ベイジョー政府の報告では基地の設備は破壊もしくはそっくり外され、まったく機能しないとのことです。エンタープライズは一刻も早く基地を稼動させて、カーデシアの介入を許さないことです。新任の司令官へのレクチャーも任せます。それとステーションのテクニカルチーフを、あなたのクルーから選んで転属させてください。”
「私のクルーを割くのですか?」
ピカード艦長は驚いた顔をした。
”これは命令です。熟練したエンジニアがすぐに必要です。エンタープライズが一番乗りですので、あなたのクルーから選ぶのは当然です。詳細は今そちらのコンピューターに送信中です。司令部以上”
 一方的に通信が切れた。昔からピカード艦長はナチェフ提督と馬が合わないが、両者の溝は一向に縮まらない。命令を受けたピカードは、すぐさまブリッジを呼び出しライカーにワープ5で第527中継基地へ向うように指示して、自分もブリッジに向った。ブリッジに入ると、中央の司令席にはライカーが、ナビゲーター席にはアンドロイドのデータが座っている。今はライカーが指揮を執っている時間帯であった。ライカーがこちらを見ている、説明を求めている顔だ。ピカードはライカーにうなずくとそのまま艦長作戦室に向った。
「データ、ブリッジを頼む。」
ライカーはそう言うとピカードの後に続き艦長作戦室に向った。
「了解。」アンドロイドは答え、司令席へと移った。

 ライカーが入りドアが閉まるのをまってピカードは口を開いた。
「艦隊本部から緊急任務を受けた。以前から打診のあった、ベイジョーの軌道ステーションへの連邦の駐屯が正式に決まったのだが、その必要な機材を第527中継基地で受け取り、われわれが第1陣として基地に入る。先般カーデシアはベイジョーの撤退を決定したが、ベイジョーの状態はひどいらしい、ステーションもスクラップ同様とのことだ。ラフォージと打ち合わせて復旧プランを立ててくれ」
ライカーはピカードの厳しい表情を見て取った。
「エンタープライズが呼ばれたということはカーデシアの妨害が予想されるのですか。」
「確かに。自分でわざと動作不能にしておきながら、ベイジョーに管理できないのなら変わりに運用すると言ってきたらしい。ベイジョーが惑星国家として正常に機能できるようになるまでは、何としてもカーデシアの介入を阻止しなければならない。そこで、カーデシアの監視にわれわれが行くのだが・・」
「他に何か問題でも?」
ライカーは艦長の表情から別の重要な問題があるのを察した。
「実はステーションのテクニカル・チーフを当艦から転属することになった。オブライエン転送部長が良いと思うが、君の意見を聞きたい。」
エンタープライズの人事は全てライカーに一任しているのだが、優秀な技術者となれば、オブライエン転送部長以外にはいないとピカードは思っている。速やかにライカーが答えた。
「オブライエンなら、申し分ないでしょう。腕は確か出し、数え切れないほどの戦闘経験があります。もしカーデシアと事を構えた場合、彼の経験が必要になります。」
フードレプリケーターに向いながらピカードが言う。
「しかし家族持ちだ。承諾するだろうか。」
「実はオブライエンは今の仕事に退屈しているようです。あれだけの技術を持ちながら、転送装置の検査しかやることがないというのはもったいない話です。それに、あそこならいくらでも後釜がおります。」
紅茶を飲みながらピカードはうなずくとライカーは作戦室を出ようとする。
「オブライエンに話してきます」。
「いや副長。私から話す。コンピューター・・・オブライエン転送部長の現在位置は?」
”オブライエン転送部長ハ第3転送室ニイマス”
コンピューターが答えた。ピカードはライカーと別れ第3転送室へとむかった。
 一方、第3転送室ではオブライエンが転送装置のテストを行っていた。長さ1メートルほどの円柱の金属棒を1番機から3番機に転送する。同様に3番、5番、2番、4番、6番と連続的に転送を行い最後に1番機に転送する。何か面白いことはないかと淡い期待しながらテストを進めていく。そこに突然入り口のドアが開いた。

 第三転送室の前に立つとピカードは一呼吸おいてすそを直し、ドアを開け中に入った。
「いやあ、オブライエン、調子はどうだね。」
突然の艦長の来室に戸惑いながらオブライエンは立ち上がった。
「あ、か、艦長・・・?」
「あ、そのままでよい。」
ピカードは努めて愛想をよくしながら、両手を胸の前に広げてうなずいて見せた。
「手が空いたら、ブリーフィングルームまできてくれないか?相談したいことがある。」
「はぁ・・・」
ピカードは踵を返し転送ルームから退室していった。
オブライエンは何事かといぶしがんていたが、はっと気付いたように、閉まりかけたドアに向い、「すぐに行きます。」と声をかけると、付けっぱなしになっていた転送装置のパワーバッファのスイッチをオフにし、転送ルームを片付けはじめた。

「まあ、掛け給え。」
ブリーフィングルームでピカードを前にして、オブライエンはゆっくりと椅子に座った。
「ベイジョーが長い間カーデシアの占領下にあったことは知っているね。」
ピカードはカップに紅茶を注ぐとオブライエンにすすめた。
「ええ。」
チーフ・オブライエンはカップをゆっくりすすりながらピカードの話しに聞き入った。
「カーデシアの戦略ステーション『テラックノール』今はDS9だが・・からもカーデシアが撤退し、既にベイジョーの所有となった。だが、撤退の際にカーデシアはステーションの機能のほとんどを破壊してしまった。そのためステーションの復興も堵に付いたばかりで、まだまだこれから多くの技術スタッフを必要としている。」
意識的に柔らかい口調でピカードは続けた。
「連邦はベイジョー政府の要請により、正式に軌道上のステーションに駐屯することが決まり、わがエンタープライズからはステーションのテクニカル・チーフをと言うことで上層部から要請された。そこで、相談なのだが・・・・」
というと事情を察したオブライエンが口を入れた。
「私に、そちらの任務につけと。」
「まあ、そういうことだ。」
「ですが、家族のこともありますし。今のエンタープライズでの任務も気に入っています。」
「うむ、だが優秀なスタッフが求められているのだ。ベイジョーにも技術者は居るには居るが寄せ集めのスタッフだ、中核となる人間が必要なのだ。わたしも君を手放したくないが、今回の任務は惑星連邦にとっても非常に重要な任務だ。」
と言うと、ピカードはオブライエンにメモパッドを渡した。オブライエンは考え込むような表情で受取ったメモパッドをながめていた。
「できれば志願という形にしたいがどうだろうか。経歴にも良い印象をもたれるとおもうが。」
「まあ、あまり昇進には興味はないですけれどね。」
オブライエン転送部長は顔をあげ、笑って見せた。
「駐在任務でもあるので家族ともよく話し合ったほうがよい。良い返事を待っているぞ。」
「わかりました。」
オブライエンはしっかりした口調で答えた。ピカードも満足そうにうなずいた。

 * * *

 急に入ってきた重要である任務を前に、慣れてはいるもののピカードも心なしか動揺を押さえ切れない。任務とは義務であるという以前に自らに課せられた課題であるはずなのだ。支えとなるものはいつも友人である。
 夕刻、ミーティングを前にピカードはバーラウンジ「テンフォワード」へと足が来ていた。シフトの切り替え時刻に近いためか、席を立つ人間の方が多く席はまばらである。ラウンジに広がる窓に映る宇宙の星々は、まるで開拓者達を歓迎しているかのようだ。ピカードはカウンターに座るとスコッチを頼んだが、ガイナンに新しいカクテルがあるから試してみないかと言われ、そうすることにした。人工のアルコールはすぐに酔いがさめるようになっているので任務に差し支えることはない。ガイナンはショットグラスに白桃色のカクテルを注いだ。
「『愛情の礎』どうかしら?」
カクテルを注がれたショットグラスを差し出されるとピカードはそれを口に含んだ。
「やや苦みがあるな。だが嫌みではない・・・」
「ベイジョーのシンセールがベースなのよ。それにイリディアンつばめの巣を溶かして入れてあるの。人によって味わいが違うと言うわ。」
ピカードはそんなものかとグラスを眺めたあと、残ったカクテルを飲み干した。ガイナンが新しいショットグラスを出しいつものスコッチを注ぐと、ピカードはショットグラスを両手に持ちグラスに向いつぶやくように話した。
「わたしは、いつでもクルーを自分の家族だとおもっている。別れを告げるというのはいつもながらあまりいい気分ではない。」
一気にスコッチを飲み干した。
「雛鳥はいつか巣立っていくものなのよ。」
酒を注ぎながら、さりげなくガイナンが話す。理屈は解かっていても友の言葉が何よりの癒しだ。
「・・・そうだな。きっかけが何にしろ、そういうものかもしれない。」
遠い目でそう言うとピカードはグラスの酒を飲み干し。意を決したように立ち上がって、肩越しに手で挨拶を交わすとカウンターを去った。

 オブライエンは自室に戻ると出かけているらしい妻のケイコの帰りを待ち、その時間を利用して志願書の作成をした。寝付いているモリーを抱えたケイコが帰ると、オブライエンは食事に誘い、テンフォワードへと向った。
「ねぇ、今日はどうかしたの?」
とケイコはいつもとちょっと様子の違う夫に問い掛けた。
「うん、実はねぇ・・・転属の話しがあるんだ。」
「転属?エンタープライズを出るの?」
「ああ、そうだ。」
二人はリフトに乗った。
「第10デッキ。」
音声確認音が鳴るとリフトが作動する。
「モリーはまだ小さいし、ステーションで育てれば・・あ、連邦の宇宙ステーションに行くことになっているんだ。一緒に行こう。ああそうだ、転属が決まったら、みんなにもあとで話しに行こう。」
始めは普通に聞いていたケイコであったが、駐在の話しがもう決まったかのような話し振りになってくると、徐々に顔を強張らせていった。
「なあ、良いだろう?好きな研究にもああいう落ち着いた所の方がいいさ。」
ケイコは夫に背をむけ腕を組んで黙っている。オブライエンは怒りの様子を察して、後ろから顔を覗き込みながら話しをする。
「そりゃ、僕だってエンタープライズに愛着もあるさ、でも新しい所だってすぐに慣れるよ。」
ケイコは天井を見上げた。
「貴方っていつもそう!わたしのことなんかこれっぽっちも考えていないんだわ!」
妻の怒りに動揺する。
「だから、こうして相談しているんじゃないか、なあケイコわかってくれよ。」
第10デッキに到着するとリフトのドアが開いた。ピカードが驚いた表情で立っていたが、その横をケイコがつかつかと足早にすぎてゆくと、オブライエンもピカードの方を振り返りながら後を追った。ピカードは振り向いて二人を目で追ったが、すぐにリフトに乗り込んでいった。

 監察ラウンジでの初回ミーティングはスムーズに行われていった。ラフォージが復興のアウトラインを説明している。
「・・・とここまでくれば、あとはベイジョーと駐在のスタッフでどうにかなるでしょう。」
「よし、良いだろう。そのまま進めてくれ。」
ピカードの承認を得、ラフォージは了解とうなずいた。ライカーが、基地からの搬入や必要器材の洗い直しなど、細かい手はずを指示するとピカードに耳打ちをした。
「オブライエンの駐在の件はよろしいのですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。」
間の悪い返事だった。ライカーがピカードを覗くように聞く。
「どうかしましたか?」
「いや、問題はない。解散だ。」
ミーティングは打ち切られた。

 * * *

「ちょっと考えさせて。」
そう言った切り黙ってしまったオブライエンとケイコの食事は、静かであった。オブライエンはちらちらとケイコの方を見るが、考えているようでもあり怒っているようでもあり、声をかけづらかった。二人は夕食を終えドリンクを飲んでいた。
「惑星のそばのステーションなら、いい環境かもしれないわよね・・・」
ケイコが口を切り出した。
「なんだか、ここを離れるのはさみしい気もするわ。」
「ああ、どうしてもって言うんだったら、艦長に相談してくるが・・・」
ゆっくりとドリンクのストローをかき回しながらケイコが話す。
「マイルズ、いいのよ。きっとあちらでも良いことがあると思うわ。」
ケイコも転属そのものが嫌だというわけではない。突然のことで気持ちの整理が付かなかったのだ。
「そうか、よかった。」
オブライエンもほっとした笑顔を見せストローを口にした。ケイコもあれこれと思いを廻らせている。
「ウォーフにはお世話になったわね・・・データにも・・・」
オブライエンは顔を上げ、そのことに答えるように笑顔をみせた。

 二人の席から程遠いカウンター越しでは、ガイナンが静かな笑顔で二人を見守っていた。バーラウンジでは若い士官たちが休息のひとときを楽しんでいる。窓からのぞく星々は、新たなる胎動を見守るようにゆったりとながれている。

---「オブライエン物語」おわり---


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