タイムワープ:因果律問題
スタートレックを初めとして、SF小説で取り扱われる時間旅行やタイムスリップはどうしても時間のパラドックスが付きまとう。
「祖母殺し(親殺し)のパラドックス」は最も有名なパラドックスである。もしもあなたが過去にもどり、自分を産むはずの親を抹殺したらあなたは「消えて」しまうのだろうか?抹殺せずとも、両親が結婚しないように工作すれば同じことである。映画「Back To The Future」でコミカルに描かれていたテーマでもある。
パラドックスは他にもいくらでも考えられる。例えば、あなたが100年前にもどって愛車のポルシェを世間に披露したらどうなるのか。世間は大騒ぎになってあなたは歴史に残るだろうが、実際にはそのような記録は何処にも無いのである。
また例えば100年未来に行き、そこで画期的な論文を見つけたとしよう。そこであなたは論文のコピーをとり、現在に帰還する。そして学会に発表する。間違いなくあなたは天才として歴史に残るであろう。では「実際に」論文を発表した学者はどうなるのか?
このように歴史を直接書き換えるような事象でなくとも、例えばあなたが密かに「昨日」にもどるだけでも実は同じ事なのである。その瞬間からあなたは2人に増え、また1日経てば同じ事を繰り返すので、100人にも1000人にも増えて最終的にはあなたが無数に存在する世界へと化す。過去にもどるのが人間のような大きな物体でなく、たとえ電子1個でも事は同じである。これは、タイムトラベルに伴うハウリング効果とも呼ぶべき現象である。
これらの矛盾は時間線を「1本」と決めつける事から発生するため、「あなたが過去にもどる時、それは我々の宇宙そのものではなく、別の宇宙に行くのだ」とする意見もある。すなわち、別の時間レールに乗り換えるのである。これならばハウリング効果は起きない。我々の世界の歴史に影響も出ない。もっともらしく思えるのだが、実は致命的な弱点を持っている。行ったきりならば問題が無いのだが、別の宇宙の「過去」に行き、観光を終えたあなたが再び我々の宇宙にもどる時に問題が発生する。出発時点よりも未来に戻れば良いが、少しでも過去に戻るとハウリング効果が起きてしまうからである。
このようにタイムワープというものはパラドキシカルなものなので、「自然はタイムトラベルを禁止している」のかもしれない (『時間順序保護仮説』: Hawking, 1991)。しかしTOS時代よりスタートレックでは肯定されているし、もしかすると本当に可能なのかもしれない。しかしながら単に「時間を遡る」という上記のような従来の単純な考え方ではとてもこれらのパラドックスを回避できず、これらを乗り越えるためにはいま少し踏み込んだ考えが必要であろう。
〔量子論的宇宙像〕
タイムワープを考えるとき、宇宙の仕組みへの考察を避けて通ることは出来ない。宇宙を空間の3次元+時間の1次元の4次元時空連続体として包括的に記述したアインシュタインの一般相対性理論は、非常に興味深いことにそれ自体がタイムワープを容認している(実現可能かどうかは別として)。しかしながら、一般相対性理論と矛盾点の多い量子力学もまた、同様にタイムワープにおいてイマジネーションを広げてくれる。
20世紀で最も成功した二大物理理論である量子力学と一般相対性理論が統一できれば、とてつもなく面白いに違いない。残念ながらそれはまだ実現していないが、ビッグバン理論やインフレーション理論 (ビッグバンの前段階の理論)によれば、そもそも宇宙の最初は量子力学的なサイズであったとされており、その時にはこの二つの理論は一つであったに違いない。宇宙が誕生してすぐに重力が独り立ちを始め、電磁・強・弱という他の3つの力とはあまりにも大きくかい離してしまったために理論の統一が困難となってしまったのだけれども、宇宙は重力の謎や量子の世界の不思議が束になった驚異に満ちているに違いない。
宇宙的規模では普通は一般相対性理論だろうが、量子力学的な考え方を踏まえた上で想像を広げれば、「宇宙では何でもあり」である。ここで量子力学の解釈を簡単に紹介する。よくある分類で大きく2つに分類している (他にもあるが省略)。スタートレックのエピソードをそれらを踏まえた上で考察すると面白い。
● 伝統的な量子力学の解釈を踏襲する考え方(一般的見解)
量子力学の開祖の1人であるボーア博士とその一派(コペンハーゲン学派)と後継者達の考え方を進めると、どうしても観測者の「意識」や「こころ」が登場する。
例えば、一個の電子をスリット等を通して特定の方向に射出したとする。射出時の位置はほぼ正確に分かっているが、100万分の1秒も経つと可能な存在空間は数十メートル四方以上にまで雲のように拡がってしまう。この時点では我々は問題の電子がどこにいるのか知る由も無いが、その先に蛍光スクリーンを置いておくと、特定の場所に電子がスクリーンと衝突してどこかにスポットが出来る。つまり、一度は拡散した電子の存在が、スクリーン上で再び収束するわけである。これを「波動関数の収束(崩壊)」と呼ぶ。ところがたとえスクリーン上にスポットができても、「意識のある存在」例えば人間がスクリーンを観察していなければ、「波動関数は収束しない」とされる。言い換えれば「誰かが見るまで何も起きていない」と考える。「意識」や「こころ」だけが波動関数を収束させるのだ。実に不思議な考え方である。別の言い方をすれば「観察している時と、していない時の世界は異なっている」のである。もちろんこれはミクロの世界の話であるので、「誰かが見ていなければ月が消える」などということは起きない。
しかし月だって人間だって原子・素粒子から出来ている。ミクロの世界に起きる事がマクロの世界と無関係とは言い切れまい。ノーベル物理学賞を受けたユージン・ウィグナー博士は「我々の意識が未来を変える。なぜなら、我々が未来をどう見るかは我々の意識次第だからだ」とまで言い切っている。
● 多世界解釈(平行宇宙論)
上述した「波動関数の収束」というものは、量子力学そのものでは説明できない不可解な出来事だという。いや、物理学では無いのかもしれない。そこで先人達は物理理論の外にある「意識」などというものを持ち込んだのかもしれない。しかし科学理論に宗教的・神秘論的ともとれる心の世界を持ち込むことには多くの人が抵抗を覚える。
1957年、ヒュー・エヴァレット博士は心の世界を必要としない新しい世界像を提唱した。それが多世界解釈である。それによれば、確かに見かけ上波動関数の収束が起きているように見えるが、実はその瞬間瞬間に世界が分岐しているだけであり、波動関数が収束しているのではないという。そして、私たちの意識は無数の枝の一本だけを常に選んで漂っているのだとしている。そう考えれば心の世界は個人の頭の中で完結し、積極的に宇宙に影響を与えているのでは無いため、その点わかりやすい。しかしこれは分枝宇宙解釈(Branching-Universte Inespretation)とも呼ばれるように、目も眩むような無数の「枝」が出来てしまうという難点があって、イメージとして捉えがたい。現在では異端的な扱いを受けているようだが、SFの基盤としては極めて興味深い。なおエヴァレット博士の後継者たちの中には、理論を修正して分枝した平行宇宙の数は常に一定だと主張する人もいる。
タイムワープもの以外のエピソードでは、前者に "Where No One Has Gone Before" [TNG], "Remember Me" [TNG], "If Wishes Were Horses" [DS9] など、後者には "Mirror, Mirror" [TOS], "Parallels" [TNG], "Cause and Effect" [TNG] , "Year of Hell" [VGR]などが挙げられよう。
近年、意識や多世界を持ち出さずとも、波動関数の収縮を量子力学の枠内で合理的に説明できるとする『デコヒーレンス理論(Decoherence theory)』という考え方が台頭してきている。例えばここに、ぼんやりした重ね合わせ状態にある素粒子があったとする。もしそれが人間に観測されれば状態は確定するかもしれないが、たとえ観測などされずとも周囲環境による干渉(電子や光子が衝突するなど)によって自然に状態が確定してしまうというものである。そのプロセスは一兆分の一秒以下で終了し、ある程度数学的にも記述できる。この考え方はきわめて常識的で受け入れやすく、多くの人は「これで決まり」とばかり、波動関数の収縮の問題が全面的に解決されたように即断しがちだが、「幸いなこと」に、これで説明できるのは全体の一部であって、必ずしも全てがこの理論で説明できるわけではないといわれている。
〔時をこえる〕
時の流れは、しばしば川の流れに例えられる。我々は時間という川に浮かぶ小舟に乗り、変わり行く風景を楽しんでいるのだと。
実際の川に浮かぶ小舟からはずっと遠くの山々や空に浮かぶ雲が見られるが、時間という川に浮かぶ小舟からは遠景を見ることが出来ない。小舟の真横にある風景だけが我々の知覚できる世界である。
「時をこえる」という事は、小舟にエンジンを付けて川の上流(過去)や下流(未来)へと自由に動き回るようなものかもしれない。しかしながら未来はともかく、過去へ行こうとしても「過去の自分自身も風景の一部」として既に溶け込んで凍結しているので、もし上流側(過去)を振り返ると川はすでに静止した写真のような壁として立ちはだかり、我々の小舟は物理的に入り込めない。過去へ旅することは、絵本の中に主人公が飛び込んで冒険するという古来のお伽話と同じである。そのお伽話で起こる出来事は「我々のとは異なった時間」の中で起きるので、そこで起きる出来事は我々の経験した歴史とは全く関係が無く、因果律的な問題は発生しないように見える。
「異なった時間」というものは何を意味するのだろうか?
別の宇宙を意味するのだろうか?もし空間の3次元が共通ならば、それらは我々と同じ宇宙に存在することになる。この事は「平行宇宙論」が正しいとすれば、ある程度納得が行く。これによれば同時に存在する多数の宇宙は、我々と同じ空間を共有しているのだという。存在していても、我々が認識できないのである。そしてそこでの時間は我々の時間と異なる可能性もある。【平行宇宙の特殊な場合には、過去/未来の宇宙でもあり得るとする研究者もいる(ドン・ページ博士ら)】
スタートレックでは「量子特性」(quantum signature)という用語が一貫して出てくる。データ少佐は、我々の体や宇宙を構成している素粒子には普遍的な特性があり、一定で変化することは有り得ない、と説明している ("Parallels" [TNG])。量子特性とは素粒子が持つ内部情報を指すものと思われる。それらの情報の一部は現在我々が知っている物理的性質の基になるが(スピン、電荷、カラー荷 etc.)、他にもいろいろあって、大部分は我々の宇宙ではあまり意味のない情報かもしれない。
この事情はDNA(核酸)を想像すれば分かりやすい。人間の細胞の核にあるDNAは遺伝情報を保存しているが、その膨大な情報の中で実際に利用されている情報はその中のごく一部であり、大部分は進化の過程で獲得して捨てられた遺物で、現在は使われることは無い ("Genesis" [TNG])。しかしながらこれらの遺伝情報は、細胞分裂を繰り返しても指紋のように死ぬまで保存されてゆく。
宇宙の進化にともなって、量子特性は新たに獲得されたり不活化されたりして、様々な表現形に分かれたとも考えられる。【超ひも理論の立場に立てば素粒子には少なくとも6次元の内部構造があるので、多くの特性が存在しても不思議ではないかもしれない】
我々が時空変動などを通過すると、この量子特性が不安定 (量子流動:quantum flux)となり、場合によっては別の宇宙に突入することもありうる。行く先の宇宙の時間がほぼ同時刻の場合 ("Parallels" [TNG], "Crossover" [DS9] etc.)、過去/未来の場合 ("Yesterday's Enterprise" [TNG], ST8: First Contact)、不明の場合 ("Meridiane" [DS9])といろいろあるようである。時空変動は必ずしもタイムワープを起こすのではないらしい。量子特性は人工的に不安定にすることも出来る。亜空間転送においては量子流動が発生するので、この不安定さゆえに開発が中止された経緯がある ("Bloodlines" [TNG])。この現象を逆に利用してダックス大尉の量子特性を補正しようとして、失敗したこともある ("Meridiane" [DS9])。
これら多数の宇宙の存在をどのように理解すれば良いのだろうか?
宇宙が量子特性を規定するのか、量子特性が宇宙を選ぶのかはよくわからないが、密接に関連している事は確かである。通常我々は、我々の量子特性と共鳴する宇宙だけを認識できるのである。(量子特性と宇宙との対応関係が1対1かどうかは不明)
これは受信機の同調 (tuning)とよく似ている。
地球上には多種多様の電磁波が共存している。無数の電磁波が混在していても、受信機はそれぞれを識別できる。これを同調と呼ぶ。限られた空間の中に沢山の別々の電磁波を詰め込むことは可能であり、またそれらを選択して取り出すことも可能だ。我々は宇宙というものをこれらの電磁波に例えることが出来よう。「本当の宇宙」には無数の宇宙(電磁波)が重なり合って存在し、それぞれが特定の量子特性を持つ素粒子と「同調」したときに初めて「現実」 (quantum reality)となる。
何らかの原因で物質の量子特性が変化すると、突如として別の宇宙に転移する。その際に全く異なる宇宙に転移することもあるが、「少しだけ異なった宇宙」へは比較的容易に行き来できるらしく、転送装置の亜空間パラメーターの調整などで行ける場合もある。我々の周囲には 電磁波に例えると位相 (phase)がほんの少しだけずれた宇宙がまとわりついているようだ ("The Tholian Web" [TOS], "Mirror, Mirror" [TOS], "Time's Arrow" [TNG], "Phantasms" [TNG], "Parallels" [TNG], "Visionary" [DS9] etc.)。最新型の遮蔽装置もこの現象を利用しているものと思われる。
タイムワープを効率的に行うには、無数の宇宙をスキャンできるセンサーを開発する必要があり、『どの宇宙が宇宙暦(または西暦)何年なのか?』を調査しなければならない。我々は対象の宇宙を選択することは出来るが、自由な時刻の設定はできない。対象の宇宙を選ぶときには、その宇宙での内容もある程度調査しなければならない。極端な場合、地球や人類が存在しない宇宙かもしれないし、物理法則が異なる可能性もある。
物理法則や次元数が異なった場合、我々は着いた瞬間に消滅することも十分にありうる。
〔宇宙と意識〕
人為的な時空変動による異空間へのシフトは、エネルギー依存性の感が強く、ワープ航法でいうならば数秒で数億光年を横切るとか、タイムワープでいうなら宇宙の誕生まで遡るとかいうことは不可能に近い。
ところが、洗練された強い意識を自在にコントロールすることにより、それを可能にする生命体が存在する。その代表が”Q連続体”、”旅人 (traveler)”、”預言者 [DS9]”といえる。その中で、”Q連続体”と”預言者”は彼らの原始的発達段階ではどうだったのかはわからないが、少なくとも現在では実体のない知性体である。一方、”旅人”は Tau Alpha Cという惑星に住む、れっきとした異星人である。
地球人、クリンゴン、ロミュラン、カーデシアン、フェレンギ・・・。いずれもスタンダードな意識レベルしか持たない生命体で、互いに唯一の宇宙を共有しているに過ぎない。しかしながら上述したように宇宙というのは本当は無数の可能性宇宙から成っているらしい。これは平行宇宙論(多世界解釈)から出てくるわけであるが、スタートレックでは量子論的考察から出てくる意識というものの重要性も存分に活用している。意識も一種の次元(座標軸)なのである。
旅人の特技は、我々から見れば一種の超能力に思えるけれども、彼らにしてみれば生まれながらに備わった普通の能力なのだろう。彼らには重なり合った可能性宇宙を一枚ずつ剥がして認識できる能力があり、時には時間の流れそのものから離脱することも出来るようだ ("Journey's End" [TNG])。ウェスリー・クラッシャーにもその潜在能力があることが、旅人により証明されている。
旅人の場合は、Q連続体や預言者のように自分自身の力で何でも出来るというのではなくて、ワープエンジンのパワーと亜空間を必要とする点では、ヒューマノイドの域を出ていないのかもしれない ("Where No One Has Gone Before" [TNG], "Remember Me" [TNG])。ヒューマノイドという一定の肉体的制約があるため、旅人は我々と同じように一定の宇宙に縛られており、通常は他の宇宙にはいわゆるプラトン的(イデア的)、数学的な意味しか見いだせない。すなわち「確かに存在はする」とは感ずるけれども、普段から物理的存在として認識しているわけではない。しかしながらQ連続体などの純粋知性体となると、その存在自体が既にイデア的・形而上学的であるので、無数の可能性宇宙を認識し、活動の場を頻繁に変えることも可能であろう ("All Good Things..." [TNG] etc.)。
なお、ベタゾイドやバルカンなどが持つテレパシー能力というのは、ある意味で異なる宇宙へのチャンネルと言えるのかもしれない。もっとも、テレパシーは地球人の場合は進化の過程で置き忘れてきた可能性もあるので、ベタゾイドが人間よりも進化していると短絡的な結論付けは出来ないが。
スタートレックには肉体を持たない純粋知性体が数多く登場するが、その多くは進化の過程で肉体というものを経験しているようだ。Qが語るところによれば、人類は遠い将来においてQ連続体を凌ぐほどの存在に変容するのだという ("Hide And Q" [TNG])。
〔時間ループについて〕
時間を行き来するのではないが、時間ループに陥るという興味深いエピソードもある。"Cause and Effect" [TNG]と"Parallax" [VGR]がそれにあたる。ある種の時空変動に落ち込んだ時、今までの時間線から離れてループ状の時間線に乗り換えてしまうのである。いったん落ち込むと、その閉じた時間環から抜け出すことは極めて困難となる。通常の時間軸側にいる人からみると、ループを回っている人々が経験している時間は擬時間であり、時間の進む方向すら怪しく、脱出できたとしても元の世界とは限らない。外部の観測者から見れば、突如としてこの宇宙から消滅したように見えるだろう。
ループ状とはいっても、継ぎ目は不連続であるから、因果律は崩れているように思える。しかし "Cause and Effect" [TNG]では、継ぎ目を超えるときには、クルー達の記憶も含めてあらゆるものがリセットされたので、因果律はほとんど破れていない。その一方 "Parallax" [VGR]では継ぎ目は無かったようであり、因果律の破れは、より深刻であった。もし時間ループに陥ったものが無機物であれば、ループの中では同じ歴史が永久に繰り返されるのだろうが、そこに自由意志を持った意識生命体が絡むと、それは完全な円ではなくて螺旋状になり、ループを回るたびに少しずつ異なってくる。そして、ループから脱出する原動力も自由意志そのものなのである。
ループが完全に閉じていれば、異なるサイクル間の事象バリアーは堅牢で超えることはできないだろうが、螺旋状となると、ほころびがでるようだ。"Cause and Effect" [TNG]では潜在意識のレベルでクルー達は異変に気付いた。一方 "Parallax" [VGR]では、何と、異なる時間に存在するはずの複数のヴォイジャー号を目視することまでできた。この時ヴォイジャー号はブラックホールに捕らわれていたが、その“事象の地平線(event horizon)”は何らかの理由(ブラックホールの超高速自転など)で吹き飛んでいたらしく、事象バリアーも同時に吹き飛んだのだろう。類似した出来事は "Parallels" [TNG]でも起きたが(無数の Enterprise-Dが登場)、この時は分枝宇宙間のバリアーが崩壊したという所が違っていた。
いずれのエピソードでも、危機から脱するために“デキオン・ビーム”が利用されている。デキオン素粒子 (dekyon particles)は、時間ループを超えて情報を送る事ができるらしい。そもそも、電磁波にも“遅延波”と“先進波”という時間的に鏡像のような波が同時に存在し、遅延波は未来に向かう通常の電磁波だが、先進波の方は過去へ向かうとされる(マクスウエルの波動方程式による)。先進波のほとんどは干渉でかき消されるものの、部分的に残留し、“未来が過去に影響を与える”可能性が何十年も前から指摘されている(素粒子の世界では、そう考えないと説明が付かない事が多々あるという)。デキオン波は先進波の拡張バージョンのようなものだろう。これは、異なる時間線の間で通信する手段として有効であるが、通信機で簡単に受信できる種類のものでもないようだ。ただ、量子レベルで活動する意識生命体は、ぼんやりとした曖昧な情報としてキャッチする。地球人の脳はノイズが多くて受信には適さないようだが、データ少佐の陽電子頭脳は潜在意識レベルで感応していたし ("Cause and Effect" [TNG])、ガイナンの特殊能力の秘密も、その辺りにありそうである ("Yesterday's Enterprise" [TNG])。
〔宇宙の融合〕
仮に自分たちの住んでいる宇宙とは別の宇宙が存在して、そこに過去や未来の自分がいたとしても、双方に接触が無ければ、それは存在しないのと同じことになり、何も問題は起きない。また、たとえ異なる宇宙の間で接触を持ったとしても、まったく無関係の惑星や人物が登場するだけなら、単に見かけ上の宇宙が広がっただけのことであって、これも問題はない。問題なのは、全く同じ時間、同じ歴史を共有する宇宙同士が、ワームホールなどで繋がった場合である。その結果、過去か未来の自分自身と出会ったとすると、その時には既に両者の区別がつかなくなっているのではないだろうか。そもそもが、同一の存在ゆえに両者は共存できないからだ。「いや、少なくとも頭の中の記憶が違うから区別は可能なはずだ」という考え方もあるだろうが、この場合そうではなく、記憶の内容すら曖昧になると思われる。TNG最終回の、ピカード艦長のように ("All Good Things" [TNG])。さらにいえば、ワームホールで接触した近辺の時空全体も区別できなくなるかもしれない。もう一人の自分を発見したと思った時には、すでに両者はバーチャルな存在となっているだろう。何らかのきっかけで、両者がひとつに収束(確定)するまでは、物理的な存在とはいえなくなる。ちょうど、「観測される前の素粒子」のようなものである。このような、何が起きるかわからない混沌とした奇妙な興味深い時空になると想像される。このような宇宙の融合は、もしかすると全宇宙の破局を招く危険性をはらんでいるが、当然のことながら、数々のエピソードではその融合の拡大はクルーの活躍でみごと阻止されている。
Back