トランスワープ
トランスワープ (transwarp)とは、ワープ(warp)を越える(trans-) 夢の技術である。
ワープ航法とは、光速を遙かに越えて光速の数千倍もの速度で船を移動させるテクノロジーである。それは惑星連邦が成立し、それが維持されるために不可欠な技術であった。しかしながら、確かにワープは驚異的な速度であるけれども、現実の宇宙は絶望的なほど広大で、たとえ最大ワープ速度をもってしても我々の銀河系を端から端まで横切るのに何十年もかかってしまう。ましてや他の銀河系に探検に出ることなど、夢のまた夢である。
通常のワープ航法では、船を何重もの亜空間フィールドで包み込んで推進させる。速度を増すためには、船をより強力な亜空間フィールドに沈め、そしてより高い周波数でエンジンを稼働させねばならない。それにともない、単位時間あたりの必要エネルギーは指数関数的に増加してゆく。特に Warp9以上では低速ワープに比べて何百万倍ものエネルギーを消費する。いくら反物質をエネルギー源にするとはいっても燃料供給にも限りがあるし、ワープエンジン内部では連続して核爆発が起きているようなものであるから、それを封じ込める機構にも物理的限界がある。たとえば USS Voyagerの最高速は Warp9.975となっているが、実際にはその速度を何時間も維持することはできない。限界を超えて航行すれば、ワープコアが爆発する。
ワープ技術を持つことは、ある文明が惑星連邦に加盟するための必要条件とされており、開発に成功するまで連邦は見守るだけで、決して開発の手助けすることはない ("First Contact" [TNG])。にもかかわらず、それぞれの技術は多少の違いはあってもどれも似たりよったりである。惑星連邦以外でも、カーデシアやクリンゴンやロミュランも同様であるし、ドミニオンでさえも通常のワープを用いている。また、ボーグはトランスワープ技術を持ってはいるが、普段は通常のワープで移動しているようである。つまり、亜空間を開いて滑走するだけの“簡便な”ワープは、どの種族でも宇宙時代の初期に開発される初歩的な技術といえそうである。そして、やはり非常に遅い。
惑星連邦が拡大するに伴い、より速くより効率的なワープ技術が要求されるのは必然であったが、物理的な制約もあり、なかなか壁は厚い。しかし、より進歩した種族はトランスワープ技術を持っており、可能であることはわかっている。
トランスワープは夢の技術であるが、連邦とてただ憧れていただけではない。それどころか、23世紀後半には大規模な実験が精力的に行われた (ST 3)。新造艦 USS Excelsior (NX-2000)はトランスワープ達成のために誕生した実験艦であり、2284年から2287年まで実験が繰り返されたが、残念なことに結局うまく行かず失敗したと結論付けられている。しかし、実験の原理や経過は明らかにされていない。【非公式の小説や解説本には様々な説があるようだが、いずれも公式のものではない】
USS Excelsiorのワープナセルは非常に長く、そこに並んでいるワープコイルの数も多いので、かなりハイパワーのプラズマを注入できる。当然ワープコアも強化されていたはずで、通常のワープ船としても当時としては極めて高い高速安定性を誇っていたものと思われる。トランスワープ実験の際にはどのようなエンジンを搭載していたかはよく分からないが、このデザインからして、可能な限りのパワーを注ぎ込んで、力で壁を破ろうとしただろうことは想像に難くない。
その際、全く新しいワープ理論を活用して実験が行われたとは考えにくい。もし何か別の理論に基づく実験ならば、通常ワープを誇張したような USS Excelsiorのデザインは不自然であるし、僅か3年で実験が中止されたというのも納得し難い。規模を縮小してでも、実験は続行するはずである。やはり、従来技術の枠内で少々工夫を加えただけでは光速の何万倍〜何億倍もの速度は出せない、ということが改めて確認されたというのが本当のところだろう。
しかし、一定のパワー条件さえクリアーすればいつかはトランスワープは可能であると連邦の科学者たちは考えていたらしく、デルタ宇宙域で高性能のダイリチウム結晶が発見された時、迷わずトランスワープの実験をしている ("Threshold" [VGR])。この結晶は高い周波にも耐えられることが分かり、うまくゆけば Warp10も可能と考えられた。Warp10は「無限速」であるから、宇宙のどの地点にも時間ゼロで移動できる、ということは同時にあらゆる地点に存在できることになる。
実験はシャトルを改造して行われた。船速が Warp10に近付くにつれ、そのままではワープナセルと主船体との間に微妙な速度のズレが拡大し、空中分解を招くことがシミュレーションで判明したたが、材質を工夫してズレを調整することに何とか成功した。そして Warp10は見事に達成されたが、クルーのDNAを変化させるという不可思議な現象(人間がサンショウウオに似た生物に変身してしまう)が確認されただけでなく、制御不能であることもわかり、USS Voyagerに採用することは見送られた(DNAの問題は回避可能だろうが、船の制御ができないというナビゲーションの問題は解決困難)。禁じ手の Warp10を持ち出すなど、このエピソードにはやや問題があるが、トランスワープへの一つのアプローチとして興味深い。また、USS Excelsiorのような折れやすそうなスタイルでは初めから困難だったことも分かる。
<補足解説>
ワープとトランスワープの境界はどこにあるのだろうか。通常のワープ航法でも理論的には光速の何万倍でも出すことが可能であるから、単に速度だけではなさそうである。では一体何かといえば、やはりその航行原理に尽きると思われる。
卑近な例で考えてみよう。車輪の発明というのは画期的な出来事であり、このコロンブスの卵のような発明の延長線上にあって、20世紀末には時速300Kmなどという高速移動も日常的に可能となった。しかしながら、車輪駆動だけに頼っていたのでは高速になればなるほどパワーロスばかり増えてしまう。もっと速い移動手段としては航空機の方がより適当である。
とはいっても、極端なエネルギー効率の低下を覚悟の上ならば、車輪を使った方法でも現在の航空機やリニアモーターカーに負けない速度を達成することが、将来も不可能というわけではない。これは通常ワープの限界の問題と同じで、理屈の上では可能であっても、実現が困難というに過ぎない。
もし通常エンジンを足、通常のワープを車輪駆動に例えるなら、トランスワープは航空機(またはそれ以上)というところだろうか。ところが、自動車とプロペラ機は外見も速度も異なるけれども、そのエンジンにはほぼ同じものを利用している。これと同じように、通常のワープコアでも初歩的なトランスワープなら可能かもしれない。しかし進歩したトランスワープには、より高度なシステムが必要だろう。
連邦ではワープ以上のテクノロジーの総称としてトランスワープという用語を使用しているが、必ずしもトランスワープという呼称を用いていなくとも内容的にそれに相当するものもいろいろ登場してきた。このようなテクノロジーをもつ種族は、ボーグ、生命体8472 ("Scorpion" [VGR])、サイセリア人 ("The Nth Degree" [TNG])、ヴォス ("Distant Origin" [VGR])、ベンサン人 ("Vis a Vis" [VGR])、ケルバ人 ("By Any Other Name" [TOS])等々結構ある。【但しアイコニア人のゲートウエイのような「どこでもドア式」の移動方法も、ある意味ではトランスワープかもしれないがここでは省略 ("Contagion" [TNG])】
ボーグの場合は、トランスワープ・チューブ (transwarp conduit)という一種の安定な人工ワームホールを設置しておく方法である。生命体8472はもともとブラックホール辺縁の流動性空間 (fluidic space)という有機物に満ちた特殊な空間に生息しており、普段は我々の宇宙との接触は無いが、その気になれば両者の時空をつなぐ穴を開けて任意の場所に飛び出すことができる。その他、ベンサン人の空間を何重にも折り畳む多重ワープドライブ (co-axial warp drive)という手法も登場した。サイセリア人は自らは宇宙旅行をせず、Enterprise-Dの設備を駆使して強力な亜空間フィールドを発生させてEnterprise-Dを自分たちが棲む銀河系中心部領域へ連れてくるように仕組んでいた(この方法にはやや難があるが)。なお、ボス人やケルバ人の手法に関しては残念ながら説明がない。
アートゥリス(個人の名前、種族全体が言語の天才)が披露した量子スリップストリーム航法は、比較的詳しく扱われている。この方法は、量子スリップストリーム(quantum slipstream)という亜空間の流れをディフレクターを使って艦の前方に作り出し、その流れに押し流されるように怒濤のごとく滑走(光速の数十万倍以上)するというものである。ワームホールのようなトンネルを作り出すので見かけ上はボーグの方法に似ているが、常にフィールドを前方に作りながら航行するので、スラスターで姿勢を変更するだけで自由に進路を制御できる。しかもエンジンコアには反物質を使っておらず、非常にコンパクトであった。量子論的なミクロな空間変動を、何らかの方法でマクロレベルまで増幅する原理ではないかと推察される(ワームホールの項の補足解説を参照)。USS Voyagerはエンジンの技術を手に入れ、地球への帰還に使おうとしたが、フィールドの制御が極めて困難であることが分かり、失敗している ("Timeless" [VGR])。
航空機の時代になっても電車や自動車が無くならないように、通常のワープ航法が将来無くなることはない。事実、ボーグやボス人も使い分けている。トランスワープは桁違いの速度が出せるため、相当高度のナビゲーション技術が伴わないことには星図の無い未知の領域にいきなり突っ込むのは危険である。もし途中でブラックホールに掴まったりしては悲惨だ。どうしてもという場合は、天体密度の高い銀河円盤をいったん離れるコースを選ぶくらいの慎重さが必要かも知れない。
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