バークレー裏物語A:
イントロンウイルス−ファーストコンタクト間
Written by 野呂博之
第1章(エンタープライズ編)


 艦長日誌「宇宙歴47712.4。ナチェフ提督との会合のため現在第310基地に向け航行中である」
 USSエンタープライズはイントロン・ウイルスに感染したクルーたちにより、惨澹たる状況に陥ってしまい、クルー数名が殉職し尊い人命が失われてしまったが、船の修理もほぼ完了し次の任務へおもむいた。遺族への通知という気の重い役目もやっと終わらせることができたし、医療部長ドクター・ビバリー・クラッシャーの責任問題も、仮裁定だが事態の特異性を本部が考慮して不問に付す事が決まり、本艦はやっと平静さを取り戻した。だが次の任務を聞いて艦長の気持ちは晴れずにいた。その任務は昔から馬があわないナチェフ提督のとのミーティングである。今度こそ和解しようと決心するが、DS9で一方的にオブライエンを手放すことになった事が頭をよぎる。しかし楽しみな事もある。この基地にはアカデミーの学期休みで帰郷するウエスリー・クラッシャーが、ナチェフ提督と一緒に来るはずだ。彼とはアカデミーでの不祥事以来一度も会っていない。前回の休暇はアカデミーのプロジェクトに参加するとかでエンタープライズには帰らなかったが、今回は母親のビバリー・クラッシャーの説得により帰郷することになった。しかし友人であったシトーが殉職したこともあり、今回もあまり帰りたくないような様子だ。

 ブリッジではジャン・ルーク・ピカード艦長が指揮を執っていた。戦術士官には保安部長のクリンゴン人ウォーフ大尉、オペレーション管理席には故シトー少尉の親友であるサム・ラベル中尉、操舵席にはゲイツ少尉が勤務していた。
 艦長席の後ろにある戦術コンソールパネルの通信ランプが点滅したので、ウォーフはただちに内容を確認したが、宇宙艦隊医療本部からドクタークラッシャー宛の一般通信だったので、パネルの艦内放送ボタンを押した。ボタンといってもタッチパネル(プログラムで自由にレイアウトが変更可能)なので、該当するアイコンに触れるだけでよい。
 「ドクタークラッシャー。艦隊医療本部からドクター宛に通信が入っています」。ウォーフはそれだけ伝えると通信を切った。一般通信なので相手に引き継ぐだけでよい。
話を聞いていたピカード艦長はおそらくイントロン・ウイルスの話で、シロの裁定が正式に決まったのだろうと思った。隣席に座っているカウンセラートロイに「本部がまた何か言ってきたかな?」と噂話でもするように身を寄せて軽く告げる。
 「意外と重大な用件かもしれませんわよ」と、いつもの笑顔でトロイが応えた。トロイも友人のドクタークラッシャーが有罪になるとは考えていない。ディアナ・トロイ・・・ベタゾイドの母親を持つテレパスで相手の感情を読み取る能力に優れている。最近、ブリッジ士官資格を取得して中佐に昇進したばかりで、ピカード艦長との指揮交代のために早めにブリッジに来ていたのだった。本日ライカー副長は休みで最近知り合った子とデートを楽しんでいた。

 一方、医療室では医療部長ドクター・ビバリー・クラッシャーが、そのライカー副長の治療をしていたが(このところ不可解なキズが多い)ウォーフの呼出しを受けたので、あとの処置を看護婦のオガワ中尉にまかせて自分のオフィスへ向った。
 コンソールのボタンを押すと、ドクター・キャサリン・ポラスキーが映し出された。ドクターポラスキーはクラッシャーが1年間艦隊医療本部へ出向した時に、替わりに配属された医師である。クラッシャーがエンタープライズ勤務に戻ると、入れ替わりにポラスキーが本部へ移動になった。現在の肩書きは医療本部長である。両者は昔からの知り合いであり、クラッシャーの不問を上層部に嘆願し、仮ではあるがシロの裁定を勝ち取ることができ、そのままエンタープライズの医療部長の職を続けることができた。
 「ドクターポラスキー。先日はどうもありがとう。最終決定は出たの?」
 「いいえ。ビバリー。決定はまだですが、残念な知らせを伝えなければなりません」。硬い表情でポラスキーが応え、先を続けた「遺族からの強い要望で調査が延長になったの。私自身はあなたに責任は無いことを確信していますが、本部で徹底的に再調査することになりました。それで、検査のためバークレー中尉をこちらに出向させてほしいの。詳細は送信中です。一緒に辞令も入っています。まずあなたに知らせようと思って・・。大丈夫、私もあなたの検査結果を信用しています。こちらでも同じ結果になるでしょう。医療部長として引き続き職務を続けてください。ピカード艦長にはあなたから報告しますか?」
 「わかりました。いろいろありがとう。あなたがいなかったらとっくにクビでした。前科もあるし・・・」。ドクタークラッシャーは重々しく答えた。
 「ああ、フェレンギの一件ね。あの件も何とか決着したし今度もうまく行くわよ。じゃ艦長によろしくね」
 治療を終えた副艦長ウイリアム・トーマス・ライカー中佐は、ドクターに挨拶するためにオフィスへ寄ったのだが、悪気はなかったが会話の最後の部分を立ち聞きした。通信を切りかけているポラスキーに声をかけた。
 「ドクター・ポラスキー。ライカーです。ドクターの裁定がくつがえったのですか?」。心配になっておもわずポラスキーに話し掛けた。
 「やあウィル。元気そうね。話を聞いていたのね。私もがんばったんだけど遺族の配慮もあり上層部が納得しないの。バークレー中尉をこっちに寄越してちょうだい。私がビバリーに責任が無いことを証明してあげるから。大丈夫心配しないで。では、本部通信終了」画面に青い連邦記章が映し出された。
 クラッシャーは本部から送信された資料をパッドに転送し、ドクターセラーに医療室をまかせて、艦長へ報告しにメインブリッジに向った。非番だがライカーもクラッシャーに同行した。クルーの人事を担当しているライカーは一緒に艦長に会うべきだと判断したのである。
 ドクタークラッシャーとライカー副長を乗せたターボリフトはブリッジを目指してなめらかに滑り出して行く。目的地に近づくとリフトは徐々に減速してブリッジ後部に到着した。リフトのドアが開らくと大きなフロアが広がっている。左手には大きなヴュースクリーンがあるが、通常は船前方の映像が表示されるので、ワープスピードで航行中の今は、星々が画面中央から線状になって流れすぎる印象的な光景が映し出されていた。メインスクリーンの手前には操舵席とオペレーション管理席があり、それぞれのクルーが任務についていた。部屋の中央部分には3つの椅子が並んでいる。中央の1つはコンソールパネル付きの司令官席である。残りの2つは手すりのない椅子で、司令官の補佐役の者が座る。補佐席は司令席の両側に配置されており、司令官席の右側が副司令官席、左側がアドバイザー席と慣例的になっている。非常時には司令席にピカード艦長が、艦長の右はライカー副長。左隣はカウンセラーのトロイ中佐がそれぞれ座る。
 司令席の後ろは少し高くなっており、馬蹄形の戦術コンソールがある。これは武器の制御と通信、センサー類の操作を行う重要なポジションで、1名の戦術士官が常時任務についている。ブリッジの後部は数台の科学ステーションとエンジニアリングステーションが並んでおり、現在は2人の少尉が任務についていた。

 ドクタークラッシャーがブリッジの中に入ると、ピカード艦長は司令席に座っており、アドバイザー席のトロイと打ち合わせをしている最中だった。クラッシャーはスロープを下りながらピカード艦長に声をかけた「すみません艦長。お話があります」。
 ビバリーのほか、非番のライカーも一緒に来ている。ピカード艦長はドクターの顔から深刻な状況であることを読み取り、イントロン・ウイルス事件で問題が起きたことを察した。
 「よろしい、では作戦室で。カウンセラー、ブリッジを頼む」と、言い残して作戦室へ向った。指示を受けたトロイは隣のコンソールがある司令席へ移り、軽く深呼吸をしたが、同時にビバリーの心の動きをテレパシーで読み取っていた。
ピカード、クラッシャー、ライカーと順に作戦室に入り、ピカード艦長は自分の席に座ったが、ドクタークラッシャーはテーブルの前に立ったままだ。最後に入室したライカーはドクターの少し後ろに立っている。非番なので必要がない限り発言しないつもりだ。
 長年苦楽を共にしている者たちである。ピカードには事態が分かっていた。
「まぁ座って。副長もかけたまえ」ピカード艦長はやさしく口を開いた。
「いま本部からの連絡があって、イントロン・ウイルスの件で本部のほうで再調査したいと言ってきたの」椅子に腰掛け、一呼吸おいてクラッシャーは応えた。
「そうか」。ピカード艦長は詳しい説明を求めてビバリーの青い瞳をみつめた。
「バークレー中尉を1ヶ月ほど検査のため本部に出向させるそうです。これが辞令です」。
「君のシロの仮裁定は取り消されたのかね」。艦長は席を立ち、フードレプリケーターに向った。
「いいえ、調査が延期されただけで引き続き職務は続けられます。ドクターポラスキーの話では遺族の配慮により、艦隊本部で徹底的な調査を行いたいそうです」。
「なるほど」ピカード艦長は注文したアール・グレイ・ティを手に持ったまま、窓の外を眺めている。遺族の説明が不十分だったのだろうか・・・私にできることはないかと考えながら・・。アール・グレイの香りが広がる。気持ちを整理するときにピカードはこの紅茶を好んで飲む。ミントの香りが精神を集中させてくれるのだ。
少し考えたあと、席に戻りドクターが持参したパッドを読み終え「出向を許可する」。
ピカードはライカーのほうを向いた「副長。かまわないだろう」。
「もちろんです。艦長」ライカーは即答し、続けてコンピューターに問い合わせた「コンピューター。バークレー中尉の現在位置は?」
 "バークレー中尉は現在第2ホロデッキです"。またホロデッキか・・・ピカード艦長は苦々しく思ったが、勤務に差し支えていない以上、プライベートに関わるべきではない。
 「コンピューター、バークレー中尉の今日の勤務予定は?」今度はピカード艦長がコンピューターに質問した。
 「この後17時からベータシフト勤務です」。続けてコンピューターが応えた。
 ピカードはあと10分程度で勤務時間になるので、作戦室にバークレーを呼ぶことにした。「ピカードからバークレー中尉」胸の通信バッチを利用して本人を呼び出した。
 「バークレーです」突然の艦長からの呼出しで明らかに動揺した声だ。
 「すまないが艦長作戦室へ来てくれ」
 「り、了解しました。直ちに向います」バークレーは何か問題を起こしたのかと、あれこれ考えながらお気に入りのプログラムを保存、終了しホロデッキを後にした。
 ちょうど勤務の交代時間なのでターボリフトは混雑していた。乗降口に到着したリフトには、データ少佐と2人の中尉が既に乗っている。バークレーは少佐に挨拶をした。上官と出会った場合は階級の下の者が先に挨拶するのが礼儀である。
 「ブリッジ」バークレーがそう答えると、興味を持ったデータが質問してきた。
 「バークレー中尉。私の記憶によれば、君は本日ブリッジ勤務ではないはずだが、ブリッジに何か故障でも起きたのか?」
 「いいえ少佐。ブリッジには何の問題もありません。実はピカード艦長に呼ばれまして」
「なるほど。了解した」奇妙な間がしばらく続いた。以前、無駄話を試みてハッチンスン中佐をモデルにいろいろ試したが、評判はすこぶる悪かったので、結局沈黙を守ることにした。やっとターボリフトはブリッジに到着した。
 バークレーはターボリフトを降りて、すぐ横の作戦室のチャイムボタンを押した。
 「入れ」ピカード艦長の声が聞こえ、ドアが開いた。中にはピカード艦長、ライカー副長、そしてドクタークラッシャーがいた。
 「さっそくだがバークレー中尉。イントロン・ウイルスの件だが」
 「わ、私には責任がないとドクターはおっしゃっいましたが・・・」
 「いやいや君の責任を問うているのではない。艦隊本部が君を検査したいそうだ」
 「検査ですか・・・ドクターにいろいろ受けましたが、まだ他にもやるのでしょうか」、オドオドしながらバークレーは質問した。バークレーは医者が苦手なのだ。
 今度はドクタークラッシャーが応えた「ごめんなさいね。艦隊上層部があなたを直接検査したいと言ってきたの。艦隊医療本部のドクターポラスキーの所に1ヶ月ほど出向してもらえないかしら」
 すこし考えて「分かりました」とバークレーは答えた。しぶしぶバークレーは承諾したが、いかにも落ち込んでいる様子だ。
 そんな彼を見たピカード艦長だが「では第310基地より地球へ向ってくれ。以上だ」毅然とした態度で話した。
 「失礼します」いつになく力にない声でバークレーは応え、作戦室を出てそのままターボリフトに乗りこんだ。機関部とコンピューターに行き先を伝え、またあれこれ考え出した。しかしこれから仕事である。気持ちを整理して今日やるべきことを思い出していた・・。

 機関部に着くとちょうど交代の引継ぎをしているときだった。
 「遅れてすみません。艦長に呼ばれたものですから」と、バークレー。
 「そうか。それで艦長はなんだって?」機関部長ジョディ・ラフォージ少佐がたずねた。
 「イントロンウイルスの件で艦隊本部が私を検査したいそうです。1ヶ月間本部に出向することになりました」バークレーはまだ緊張状態がとけないようだ。
 「君がいなくなるのはつらいな、次の基地で降りるのか、それまでに勤務ローテーションを考えないとな」
 「ありがとうございます」。ラフォージ少佐に認められているので気持ちが晴れて緊張がすこし解けた。
 「そうだ、レジー。このレポートを読んでおいてくれ。もし解決策が思い付いたら報告してくれ」ラフォージは、バークレーに技術ファイルを記録したパッドを手渡し、トーリク中尉と共にジェフリーズ・チューブに入っていった。以前トーリクが提案したシステムを本格的に稼動させるためである。
 レポートの内容は、木星(テラ星系)で開発中の、医療室にホログラム投影機を設置する計画の概要で、技術上の問題点がいくつか指摘されていた。実はピカード艦長は、バークレーが作戦室を退室した直後にラフォージに状況を説明していたのだ。バークレーの様子をみたラフォージは彼を気遣って、得意そうな仕事を用意した。これがホログラムのレポートである。
 ホログラムに詳しいバークレーは渡されたパットの内容を十分に理解できた。問題の1つはすぐに解決の糸口を見い出すことができたので、さっそくレポートを書こうと考えはじめる。このレポートを考えているうち、検査の事は意識のすみに追いやられていた。
ラフォージが渡したレポートは本部から定期的に送られてくる技術レポートなので、必ず答えなければならない物ではないが、バークレーが元気になり、問題が解決できれば一石二鳥だ。そんな軽い気持ちで手渡したパットだが、これが意外な発展をみせることになる。
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