バークレー裏物語A:
イントロンウイルス−ファーストコンタクト間
Written by 野呂博之
第2章(USSゴルコン編)


 スターシップ・USSゴルコンに転送されたバークレーは、この艦の転送主任に自分の指名と所属を告げた。「乗船を歓迎します。バークレー中尉」。転送主任のエリス中尉は興味深そうに応えた。司令部から転送主任へは乗客リストが配布されているが、このリストにはバークレー中尉の概略が添付されていたので、どんな人間だろうかと関心を持っていた。このゴルコンはエクセルシオ級の船である。3台目のエンタープライズとそう大差ない船で、もちろん主要な設備は現在のものに更新されているが、変らないものも多い。以前、エンタープライズにおいてスコット大佐に会うことができたが(緊張のあまり握手するのがやっとだった。伝説の人物、奇跡の修理屋、彼を評する言葉には事欠かないが、その気さくな態度は心から尊敬できた)彼だったら十分に現役で機関部長が勤まるのではないかと思う。
 女性の転送部長が話し掛けている「バークレー中尉。お部屋は第6デッキ、セクション11の24号室です。案内が必要でしょうか?」
 「いやこの船の構造は心得ている。大丈夫だ。ありがとう」
 女性の手前、男らしく毅然とした態度で応えた。が、エクセルシオ級の船には配属されたことはなく、転送室を一歩出たとたんに迷子になっていた。とりあえずターボリフトを探す。船というものはどちらかに進めばターボリフトに突き当たるものである。円盤部のデッキをほぼ一周したところでやっと見つけた。どうやら逆方向に歩いたらしい。やはり案内を頼めば良かったと後悔した。ドアの表示を読むと”2デッキ・セクション1”とある。ここは第2デッキらしい。必死にエクセルシオ級の見取り図を思い出したが、ふとターボリフト内には艦内見取り図があることを思い出し、とりあえずリフトに乗り込むことにした。
 リフトのドアの前に立っても反応が無いので「呼出」ボタンを押すと、リフトがこちらに向っているというサインが表示された。
 数秒後にリフトが到着し、中に入り「第6デッキ」とリフトに指示をしたが、「ご利用ありがとうございます」という機械的な声が聞こえハッとした。エンタープライズでは廃止されているが、エクセルシオ級の船にはこのような音声応答が残っているのだ。さっそくリフトの壁に取り付けられている艦内見取り図を見る。ターボリフト乗降口はセクション1と10にあるようだ。
 「コンピューター。第6デッキ。セクション11の最寄りで止めてくれ」と追加で指示した。
「了解しました。第6デッキセクション10に向います。ご利用ありがとうございます」またしてもコンピューターが応えた。

 艦内見取り図を見ているとバークレーの船室の近くにホロデッキが存在しているのに気づいた。もともとエクセルシオ級にホロデッキはないが、この船は提督専用艦であり一般客室の一部をつぶしてホロデッキを装備したらしい。これを知っていたらホロ・プログラムを持ってくればよかったと思ったが、長い船旅であるので既存のプログラムを試したり新しいのを書いても良いなと考えた。正直いって今回の出向は気が重い。ドクタークラッシャーの責任は回避したいが、自分の体の特異性で仲間を死に追いやった事を証明するための旅である。この船の転送主任も私を珍獣のように見ていたし・・・。
ふと、カウセンラー・トロイの言葉を思い出した「レジー、あなたの責任じゃないことは確でしょ。あなたにいったい何ができた?ドクタークラッシャーだってそう。新しい病名が付いたくらいなのよ。ドクターにだって全く予想できない事態だったの。いい、レジー。クルーが死んだのは誰のせいでもなく、偶然が重なって起こった事故なのよ。気にしないで。本部に呼ばれたのは亡くなったクルーの遺族への配慮からなの。あなたの責任を追及するためじゃないから。地球へ休暇旅行だと思って安心して行ってらっしゃい」。
トロイの言葉を思い出しているうちに、ターボリフトは指定した所へ到着した。見取り図にしたがい自分の船室を見つけて中に入ると、思ったより狭い。エンタープライズの生活になれたため、他の船は窮屈に感じらる。テーブルとベッド、クローゼット、フードレプリケーターと小さなバスルームがある。昔の地球にあったビジネスホテルというやつに似ているな思った。とりあえずレプリケーターにホットミルクを注文し、これからどうしようと考えた。一般乗客なので上官に着任挨拶する必要も無い。他のクルーから珍獣扱いされるのは嫌だし、この狭い部屋では息がつまりそうだ。そう思うなりバークレーはホロデッキに向った。

 ホロデッキに着くと、そこには数名のクルーがあわただしく作業していた。通路の壁をはずして内部パネルを露出させている。これはホロデッキ使用中に故障が起き、中に人が閉じこめられた場合の典型的な光景だ。1人の人間が次々と命令している(多分機関部長だろう)。
 「カーリン。大至急予備のイメージプロセッサーを持ってこい」続けて通信バッチをたたいた。
 「フォスターより転送室。提督をホロデッキから転送できないか?」
 「こちら転送室。エリスです。ホログラムの干渉が大きすぎて無理です」
 「フォスターより医療室。ドクタージャクソン。提督の生命反応はそちらモニターできますか?」
 「こちら医療室。ジャクソンだ。モニターしているが反応は安定している。今のところ無事のようだ」
バークレーは会話から状況を理解した。システムの不調により、プログラムが不安定になりドアがロックされたままの状態になった。しかも中に閉じ込められたのはナチェフ提督らしい。システムをリセットすれば状況は改善されるだろが、見たところ既にその処置は行ったようで、リセットシステムは機能していないらしい。プログラムが独立して勝手に進行しているのだ。それでイメージプロセッサーを予備に交換することでシステムを再起動しようとしているのだ。イメージプロセッサーが取り外されるなどの重要機能が停止した場合には、自動的にフォース・ビームやホロ・マターなどが、現状で固定されるという一種の安全装置が働く。これはいきなりシステムを切断すると、制御を失った膨大なエネルギーが勝手に動き出してしまい、中の人はそのエネルギーに押しつぶされてしまうが、これを防ぐことができる。再びプロセッサーを接続すれば自動的に初期化され、プログラムを安全に終了することができる。これはホロデッキ・マニュアルに書かれている処置である。しかしプロセッサーの交換にはかなりの時間がかかるので、(イメージプロセッサーは、ホロデッキ内のアーチ部分にあり、外壁からの交換は不可能ではないが、どんなに急いでも30分はかかるだろう)ホロデッキの状況によっては提督の身に危険が及ぶかもしれない。それで転送を試みたのだが、ホログラムはトラクター・ビームに似たエネルギーを用いて立体的な映像を作り出しているので、防御シールドを上げた状態でビーム転送が使えないのと同じ理由で、状況によってはホロデッキからの転送ができないのだ。ドアをこじ開けてもやはりフォース・ビームに押し返されるだけで、ホログラム内には入れないはずだ。安全にホログラムを消すしかない。
 「コンピューター退出。アーチ。プログラム終了。やめて!」コムリンクを通してナチェフ提督の悲鳴に近い声が聞こえた。事態は切迫していたがナチェフ提督は冷静に対処しているようだ。
 プロセッサー交換以外にも1つだけシステムをリセットする方法がある、かなり危険ではあるが。バークレーは口を開いた。
 「メインEPSをいったん切り離して、その間に点検モードに切り替えるのです」
 「だれだね君は?」フォスター少佐は、バークレーの存在に気づいていなかった。
 「USSエンタープライズ技術部員のバークレー中尉です。今行った事を実行してください」
 「そんな事をしたらホログラムが提督を吹き飛ばしてしまうではないか」
 「いいえ、EPSを切ってもコンデンサーのエネルギーにより、数秒間ならホログラムは保たれます。その間に点検モードへ切り替えて、EPSを再接続すればホログラムは安定します。点検モードならバイパスを作ってシステムに侵入ことができます。少佐、時間がありません。提督の身に危険が迫っているのですよ」
 「そうだな、君はホログラムに詳しいようだ。任せる」フォスターは自分には手におえないことを認めざるを得なかった。
 「では切り替えます。君、私の合図でメインEPSタップを切り離してくれ。そして次に合図したときに、再度繋いでくれ」近くで作業中の少尉にバークレーは命令した。
 「3で行うぞ」「1,2、・・・3」。少尉がタップからケーブルを引き抜いた。
次の瞬間にバークレーは必至にコマンドを打ち込み、点検モードに切り替えることができた。パネルを見るとホログラムが消滅しかけている。「よし繋げ」。バークレーは叫んだ。次の瞬間再びホログラムは安定していた。これで第1ハードルは越えた。間一髪だった。
 人がいる状態でいきなりホログラムを消すと、制御を失ったエネルギーが体を吹き飛ばしてしまうのだ。その事はナチェフ提督を含めて全員が承知していた。
 「何が起きているの?早くここから出して、おねがーい。」通信でナチェフ提督の叫び声が聞こえたが、今度はホログラムが消滅しかけたので取り乱したらしい。
 「さて、次にバイパスを作って進行中のプログラムにアクセスします。少々時間がかかります」。そう言って再びパネルにコマンドを入力し、プロセッサーのチップを差し替えていった。いずれもアカデミーでは教えない裏技である。エンタープライズではホロデッキのトラブルが原因で何度も窮地に立たされたが、ラフォージ少佐と協力してこの手法を編み出したのだ。
 「完了しました。イメージプロセッサーをリセットします」。バークレーはリセットボタンを押した。次の瞬間にホログラムは消滅して入り口が開いた。中からナチェフ提督が出てきた。

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 バークレーはいっきに力が抜け、どっと床に座り込んだ。
 正気を取り戻したナチェフ提督が、ようやく口を開いた「助かりました。フォスター。あと数秒遅れていたら助からなかったでしょう。ありがとう」ホロデッキから出られて安心したような様子だが、まだ多少動揺している。
 「いいえ。私ではなく彼の功績です。彼が無事にプログラムを終了しました。私は何もしていません。紹介します。エンタープライズの、ミスター・・・」フォスター少佐はバークレーの名前まで覚えていなかった。
 「ああぁっ。バ、バ、バークレーです。て、提督。お、お目にかかれて光栄です」と、床に座っていたバークレーだが、目の前に提督が現われたのであわてて立ち上がった。
 「バークレー中尉。エンタープライズ?さすがピカード艦長の部下ね。優秀な部下がそろっていること。あなたの功績は司令部に報告しておきます。昇進リストの順番を進めるよう手配します」
 「あ、ありがとうございます」緊張でかちかちに固まっている。
 「中尉。そう緊張しないでいいですよ。楽にしなさい。そもそもエンタープライズのクルーがこの船で何をしているの」ナチェフ提督は完全に冷静さを取り戻していた。
 「は、はい。イントロン・ウイルス事件で。本部で検査を受けるために。き、貴艦に同乗させていただいております」。バークレーはまだ緊張が解けない。
 「イントロン・ウイルス?ああ医療部長が問題になっている件ね。たしか不問に付す決定がされたはずだけど」
 「はい、仮裁定ではそうでしたが、上層部で再検査することに決まったそうです。それで私が検査のため医療本部に出向することになりました」
 「そうだったの、カーデシア問題でピカード艦長にはお世話になりましたし、今回もあなたに命を助けられました。ナカムラ提督には、私からも穏便に解決できるように連絡しておきます。本当にありがとう。中尉」そう言い残してナチェフ提督はホロデッキを後にした。フォスター少佐と、いつのまにか来ていたストレイカー艦長がお供している。
 「なぜこんな故障が起きたのか明日の9時までにしっかりした報告書を提出して」。ナチェフ提督はいつもの無表情で命令した。
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